星原のセラフィム(心向)

ちぃが逮捕された時、オレの手からスマホが滑り落ちた。楽屋でライブ終わりにスマホをいじっていた時に、そのニュースは飛び込んできた。

「有名オーディション番組ファイナリスト、夏焼千弥逮捕」

喉から空気が漏れて、ヒュッとか細い音が鳴った。青ざめたオレに気がついた皆が、「どうした」と駆け寄り騒然とする。当然だよね、だって苦楽を共にした仲間が逮捕されたんだから。

そこから先は、あんまり信じたくない情報の渦がオレを取り囲んで離さなかった。怪しい案件を引き受け詐欺事件の片棒を担いでしまったこと。企業のバックアップもなく、中卒でフリーランスをしていれば怪しい案件に引っ掛かりやすくなる。考えてみれば自然なことだった。

そうだよ、ちぃはわざとこんなことをやったんじゃない。根っからの悪人ではないはずだ。オレはそう信じていた。周りがどんなに「いつかやると思ってた」とか言ってても、オレだけはちぃを信じ続けた。オレの記憶に残り続ける千弥と切磋琢磨しあった日々が、千弥の人柄を証明しているんだ。

だってさ、ライバルのために一生懸命ダンス指導してくれる? しないよね。どれだけ仲良くしててもライバルなんだから教えないことだってできたはずだ。それをしなかったということは、利害よりも人を尊重できる人柄だったってわけなんだから。

オレはDMの画面を開いて、文字を打とうとした。でもできなかった。指は石膏のように固まって、ぴくりともしない。頭に溢れる文字列を、この指先が紡ごうとしなかった。

実力とはいえ、オレはちぃのデビューできる枠を奪ったんだ。それが原因で、千弥は犯罪に巻き込まれたんだから。軽はずみにDMなんか送れない。

だから、オレは千弥を信じ続けることしかできなかった。あの時の約束、覚えてるかな。番組終わったら、一緒にパンダを見に行こうって言ったよね。パンダ禁しよって。久しぶりに会ったら、なんて言えば良いか分からないけど、とにかくパンダを見て一緒にまた笑い合いたい。

そう思っていた矢先に、13'sの和歌山のコラボでパンダを見てしまった。パンダはコロコロして可愛かったけど、オレはもうそれどころじゃない。
どうしよう。パンダ見ちゃった。約束破っちゃったけど、まだ有効かな? ああでも、元々オレはパンダ見てたし、そこまで問題じゃない?

たくさんの考えが頭を巡る。……結局、大事なのは2人でパンダを見ることだ。パンダ禁はあんまり重要じゃない。潔く謝ろう。

帰宅したオレは電気も点けずにすぐに薄暗いリビングでDMの画面を開いた。気まずさで身体が重くなって、文字を打つのもしんどい。でも、これだけは伝えなきゃ。

何回も文字を入力しては消しを繰り返して30分。オレはようやくメッセージを送信した。

「ごめん、撮影でパンダ見ちゃった;_;」

見てくれるか、分からない。でも伝えたかった。DM以外でも、名前を伏せて番組とかでちぃのことを話そう。絶対に忘れてないよって。ずっと親友なんだよって。そしたら、向こうも気がついてくれるかもしれない。どんな時でも、オレがちぃの味方だって。

スマホで動画サイトを開き、ちぃとオレが映るまとめ動画を見る。薄暗い部屋の中で、遠い日の記憶が底抜けに明るく笑い声を上げていた。コメント欄には、「千弥ってメンバーにはレッスン中に声を荒げてたんだろ? 悪魔みたいだな」とか「詐欺加担者の貴重な出演映像」とか心ないコメントが寄せられていた。
でも、たった1人だけあるコメントを寄せてくれた。

「色々あったけど、いつかこの2人が一緒に出演できる日が来ますように」

胸がつかえて、涙がこぼれ出すのも構わず、オレはそのコメントを眺め続けていた。たとえ、世界中が否定したとしても。オレだけじゃなくて、他にも待っている人はいるから。裏側の天使の姿を、オレは忘れない。
光のない部屋で、そのコメントだけが光っているように見えた。
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