失恋の薬に(闇夜の常連客)

テキーラサンセットか。カクテル言葉は「なぐさめて」。紅く燃えるカクテルを頼んだ彼は、静かに微笑んでいるだけ。
一歩踏み込んで慰めるようか? いいや、彼はきっとそれを望まないだろう。ならば、私は静かな時間を提供するだけだ。

「分かった。少し待ってくれ」

カクテルを作る間、私たちの間に沈黙が訪れた。余白を埋める会話は必ずしも必要ではない。彼との時間は、特にそれを実感する。窓はすっかり日が暮れて、薄暗くなっていた。これぐらいの明るさの方が、私は好きだ。日の光を眩しく思うこともないから。

「……実はね、そのマジパン。どういう意味を持っているか知っているかい?」

不意に潜が口火を切った。

「失恋の薬、かな」

見た時から分かっていた。ただ、偶然だと思い口に出さないでいた。

「そう。知っていたんだね」

潜は目を伏せた。

「君は失恋の経験があるかい?」

「私かい? 私は……」

唐突な頭痛が私を襲う。鋭い耳鳴りが私の脳髄を貫いて、思考を邪魔した。過去を思い出すな。その痛みは私に重大な警告を出しているようだった。

「分からない……」

私はこめかみに指を当てて考え込んだ。頭に霧がかかって、過去を見通せない。この霧の向こうに、どんな過去が待ち受けているというのか。

「ふふ。君は失恋させる側の人間だったかな」

「どういう意味だい?」

「君は数多のバーの客を惑わしているみたいだからね。この前も丁重にお断りしたんだろう。例のバーテンダーから聞いたよ」

由蛇が話を漏らしたようだ。彼は少々、口が緩い。

「私が口説いたわけではないよ。ただ、向こうからお誘いがたくさん来るだけさ」

「おやおや。何もしなくても人を狂わせるのかい。罪深いね」

疲れているみたいだが、人をからかう元気はあるみたいだ。良かった。

「それはキミもだよ」

「あはは。ありがとう。褒め言葉として受け取っておくよ」

彼との言葉の応酬はなかなかに心地良い。バーテンダーとしてではなく、酒を嗜む仲間として彼との時間を私はよく楽しんでいた。

「まあ、多くの人に心を寄せられても自分の愛した人に愛されなければ意味が無いんだけどね」

ぽつりと零した言葉を私は聞き逃さなかった。実感の伴った発音には、いまだ知らない悲哀が隠れているような気がした。

続く
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