クリームパン争奪戦(あさって通訳マン)

雁金はスッと踵を返す。職員室の方向だ。2人がじっと待っていると、ほどなくして雁金は帰ってきた。

「お待たせいたしました。こちら、クリームパンでございます」

「あっ……! コレ」

あく太の目に星が宿る。勢いよく身を乗り出したあく太に驚いた雁金は、一歩後ろに下がった。

「雁セン! まさかクリームパン争奪戦に参加してた?!」

「争奪戦ですか? よく分かりません。昼休憩になったら少し早歩きをして購買に向かうのは確かですが」

雁金の足はすらりと長い。長い足なら一歩踏み出す距離も人より長いだろう。そのアドバンテージで早歩きをするとなると、誰よりも早く購買に到着するのではないだろうか。

「噂は本当だったんだァ! 後ろから迫り来る生徒たちのことなんか視界にも入れず颯爽とクリームパンを買う謎の先生! 雁センのことだったんだな」

あく太の大きな声が廊下に響く。季肋は驚きに両手をぱっと上げた。雁金は人差し指を唇の前で立て、シィーと息を吐いてみせる。慌ててあく太が掌で自分の口を塞ぎ、申し訳なさそうな顔をした。

「マジごめん」

「そんな噂があったのですか。全く存じ上げませんでした。ただ、自分へのご褒美のおやつとして買っていただけですので」

雁金は軽く首を振った。

「とにかく、こちらのクリームパンを差し上げます」

「……けど、食べたかった、んじゃ……」

季肋がボソリと呟くと、雁金は微笑んだ。

「気にしないでください。また明日も買えます。なにせ、噂の先生でございますから」

たしかにそうだ。それに、今からクリームパンを買いに行っても、もう売り切れているだろう。

「それに、これはお礼でもあるのです。黒川くんのことを教えてくださり、ありがとうございます。あとは、こちらにお任せください」

胸に手を当ててお辞儀をする雁金を見て、2人の口から感謝の言葉が溢れだした。

「あり……がとう……ございます」

「サンキュー!」

溢れだした感謝の言葉はクリームパンの件だけを指しているわけではなかった。雁金への学生としての信頼の念から生まれた心からの感謝だった。
あく太にクリームパンを渡して、雁金はさらりと言葉を掛ける。

「さあ、もう昼休憩の終わりが近いですよ。教室にお戻りになって、お昼ご飯を召し上がってください」

「分かった! じゃあ季肋、教室に戻ろうぜ」

「うん……行こう……」

こうして、昼休憩の争奪戦は幕を閉じた。

続く
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