クリームパン争奪戦(あさって通訳マン)

「なぜ?」

「アイツ悪くねえもん。やらされただけなんだから」

眉を寄せ、首の後ろで腕を組むあく太。その場に緊張が走る。季肋は黙って頷くことしかできなかった。

「やれと命令されたとしても、やらなかった選択肢はあるはずです。彼が可哀想なことと、実際にやったことの区別はしましょう」

でも、やらなければいじめられるんじゃないのか? 季肋は心の中で小さく抵抗した。大人の理屈が、高校生の日常の平和をかき乱すこともある。

「ここで名前を言ってくれなければ、今後も彼は同じことを繰り返すでしょう。それでも良いんですか?」

雁金の眼鏡が鋭く光る。静かな迫力が2人にのしかかった。……本当にそれで良いのか。季肋は廊下の床に視線を落とした。

「それに、名前を言ってくれなければ、その生徒を保護することもできません」

はっと季肋は顔を上げた。雁金は目を細め、憐れんだ顔をしていた。なにも自分は分かっていなかったのだ。雁金がどんな気持ちであの言葉を発したのか。

「……黒川」

「はい?」

「俺と……同じ、クラスの……黒川」

やっとのことで絞り出した声。開けようとした口は鉛のように重たかったが、それでも季肋は伝えようと思った。これがどう転じるか分からない。黒川が救われることをただ祈ることしか出来なかった。

「分かりました。ありがとうございます。……よく、伝えてくださいました」

雁金は2人の顔を、順にしっかりと見た。

「黒川くんにはこちらから呼び出しをして、注意をした後に保護をします。ご安心ください。五十竹くんもいいですね」

あく太は、首の後ろで組んでいた腕を解いた。眉間の深い溝は消えている。

「分かった。オレも、黒川が助かるならそれで良い」

あく太は季肋の顔を見た。白い歯を見せ、ニッカリと笑った。

「季肋、言ってくれてありがとう」

季肋が頷くと、あく太は両手で拳を握った。

「オレ、黒川がいじめられないように見ておく。季肋も協力してくれるか?」

「……ああ」

緊張が解けて、季肋の顔が緩んだ。黒川が階級制度に流され、どす黒い人間に変わる様を見ていたくはなかった。黒川が報復として上のランクの学生に傷つけられることも考えたくはなかった。

「っていうワケで! 雁セン、よろしくゥ」

「ありがとうございます」

雁金はお辞儀をした。軽やかで品のある礼だ。

「あなた方に、いいものを差し上げます。少々お待ちください」

続く
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