第二章 執心
手触りのいい本革のシートに深く腰をかけた。
さてあの女、乾赤音と言ったか。俺にはこの珍しい苗字に、どこか既視感がある。どこでどう知り合ったか知らないが、ここまできたらどうせ九井繋がりだろう。
いつ、どこで、なぜ、俺は九井の執着が向かうこいつに出会う? それとも記憶違いか?
乾、いぬい………… 九井との関係は短くないが深くない。六本木、黒龍、天竺、関東卍會。関連しそうな出来事を思い出してみても、いまいちピンと来ない。
九井、乾、いぬい、イヌい? そういえば、と九井の話を思い出した。
「兄貴、ついたぞ」
ガチャリと開け放たれたドアからは、外の清涼な風が入る。目を向ければ、陽を閉ざした車内の暗がりとは対照的に、外は明瞭でしっかりと輪郭を捉えていた。
「なぁ、りんどー」
んー、と聞いているのかいないのかわからない返事をされる。いつも通りのことだ。
「九井がよく言うイヌピーってやつ、顔に火傷なかったか?」
「何急に」
コンタクト越しに瞳孔がこちらを向く。俺の思考など読めない竜胆は、相変わらずころんとした表情だ。
梵天の財布としてデスクワークを主に行う九井は、その激務ゆえ稀に壊れることがある。そんなとき決まって連呼するのは「イヌピー」かつての相棒の名だった。
俺はそいつとほとんど面識はないが、そういった時や、九井とサシで酒を呑んだ時に、ポロリと零す言葉から今でなおあいつが執着していることは知っていた。
金髪で、額に傷がある。強引に写真を見せつけられたことがあった。20代も後半に差しかかろうとする男の写真だ。今はもう関わりはないわけだから、これは紛れもない盗撮である。
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