第二章 執心

 
 「おい、赤音さんを睨んでんじゃねぇよ」

 九井はコイツのことを「赤音」と呼ぶ。これのおかげで、初めは知り合いだとばかり思っていた。しかしながら、俺がその女の身元を調べた限り、ソイツは「赤音」じゃない。ではコイツは……? 九井が固執する「赤音」とは? 
 なぜ、九井の執着は「赤音」に向かうのか。ここまでくるともはやホラーの領域だ。

 「睨んじゃいねーよ。さっさと俺の質問に答えてくんねー?」

 九井は鋭い目線と舌打ちを寄越して、嫌々感満載に渋々と答えた。乾赤音だ、と。

 「この人は赤音さんだ。お前の視界にいれていいような人じゃ無い」

 ずいぶん神格化してんな。こめかみを軽く押さえつけながら、ふぅっと短く息を吐いた。
 とうとう頭がイッてしまったようだ。全く誰のおかげであの場が収まったと思ってんだ。あとで、三途に随分熱だと言いふらして、いじり倒してやろうか。
 まぁしかし、九井は質問には答えたから及第点にしてやろう。俺、紳士だから。
 まるでこのいたたまれない空気を読んだかのように、聴き慣れた旋律が部屋の静寂を切り裂いた。

 「灰谷早く帰れ。うるせぇ」

 「はいはい」

 画面の向こうは愛する弟らしい。部屋の主に怒られてちゃ長居はできないので、扉の外に出た。

 「りんどー」

 「兄貴、待ってるから外出て。時間」

 首領が呼んでる、と言い残し電話は切られた。タイミングが完璧だ。さすが竜胆。
 仄暗い院内を抜けると、予告通り黒塗りのセダンが待ち構えていた。運転席から男が降り、俺の体躯は車体に映ることなく車内へと入り込んだ。

 「おかえり。九井どーだった?」

 携帯端末を閉じ頭を上げた竜胆は問う。

 「相当だわ」

 「まじ」
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