第二章 執心
「もう大丈夫だよ。赤音さん」
あの後はもうめちゃくちゃだった。
不法侵入は茶飯事されど、炎をあげる民家への突入には思わず言葉を失った。
『に、にいちゃん! あれ九井だったよな!?』
どうしよう、と気を動転させる竜胆を前にした俺は、一先ず冷静になった。人とは自分より慌てた人間と対面すると、案外冷静になれるものだと知った。
竜胆に首領への報告を頼み、俺は場の鎮静に努めることになった。幸いにも火災現場にカメラを向ける罰当たりな者はいなかったため、人を捌け、後は九井を待つだけとなった。
助けに入らなかったのかって? 俺がいなくなったら大切な大切な弟が悲しむだろ。
『!! 九井!』
火事の勢いは収まることを知らず、激しさを増すばかり。遠くにサイレンが鳴り響き、俺らも長くは居られない、これは無理か、と帰りかけたその時。歓声が上がり、九井は戻ってきた。背に人間を乗せて。
気づいた竜胆は、大声でその名を呼んだ。
九井は火事場から救い出したソイツを、今にも崩れそうなガラス細工を扱うように、そっと地面に降ろした。
『赤音さん。もう大丈夫だよ』
その後すぐに到着した救急車に乗せられ、病院に搬送された。医者によれば、胴体には広範囲の火傷を負っていたが、不幸中の幸いにも顔面は軽傷で済んだらしい。
九井はもう、危ない目に会って欲しく無い、とソイツを死んだことにして梵天管轄の病棟に移した。治療費や偽造、後始末には4000万以上の莫大な金がかかる。それでも、九井は一人の女のために、経費ではなく自らの懐から、その大金を出した。内勤の多いあいつは、高額な収入はあれど出費は少ない。
そして今、何を思案しているかって。
「なぁ、ソイツ誰?」
当たり前だろ。一緒に会合行った同僚が火事に飛び込んで行ったんだぜ?
白くこの無機質な病室で眠り込む女を睨む。
あの火事から1週間ほどったった今日までに、俺は女の身元を洗いざらい調べ上げた。しかし、どれだけ探してもただの女で、重大な情報は見つからない。九井との関係も調べたが、こちらも何一つわからなかった。
なぜ、九井はコイツを気にかける? まるで火の元に吸い寄せられるようにして。善事にでも目覚めたか? 意味がわからない。
このまま考えていても埒があかない、と九井に会いに女の病室を訪れた。九井はアイツが移ってから、毎日のように見舞っているらしい。とんだ執心である。
