第一章 必然
これは偶然からか。
梵天と太く繋がりのある企業が、代替わりをしたらしい。親バカなそいつは、いつも通り揉み手で胡麻をすり「挨拶を」と言うわけで、今日は俺ら灰谷兄弟と九井という幹部がわざわざ出向いてやった。
派手好きのバカが企画したお披露目という名目の立食会は幼稚園児の遊戯のようで、隣の竜胆は早々に欠伸を噛み締めている。下品な装飾と卑下た空気に耐えかねて、梵天は会もほどほどに会場を抜けることにした。
「吸っていい?」
「しね」
きつい香水と料理の臭いが混じり合った会場からやっと出たって言うのに、俺は一服も叶わないらしい。ちなみに俺らが会場にいたのは始まりの1時間だ。よく耐えた方だろ。
揺れる車内、九井の表情を覗けば、いつも通りに鋭い目つきで書類を眺めている。俺の視線に気がついたらしく目が合うとチッと舌打ちをする始末。
パーティなどの人の多い集まりに顔を出さない九井が、首領命令で仕方なく着いてきたのだ。普段ならこのまま構わず火をつけるところだが、今日の九井はすこぶる機嫌が悪そうなのでやめておく。
息を吐いて仕方がないのでスモークガラスごしに街並みを眺めはじめる。パッと目についたオフィス街の隙間から覗く空には、狼煙のごとく黒煙が登っていた。俺らになにか関係するでもないし、きっと表のニュースにもならない些細な火事。竜胆は気づいているのかいないのか、特段興味もなさそうだった。
「九井見ろよあれ、火事じゃん?」
そっけない返事が返ってくるかと思ったが、九井はちらりと横目にしたかと思うと、血相を変えて顔を上げた。
「あの方角……おい車飛ばせ!」
身を乗り出して運転していた部下に声を荒げる九井に、竜胆が顔を上げる。怪訝そうな顔の竜胆と視線を合わせ目配せをした。
「どうしたー? 九井」
「あれ? あっちってなんかあったっけ?」
俺らの声は完全無視である。最高幹部である上司にドヤされながら法外なスピードを出した下っ端の車は、やがて人だかりの前で止まった。
キャンプファイヤーじゃねぇんだよ。見物と野次馬が割れた窓から漏れる炎を見上げていた。
「くそっ。 どうなってんだ」
九井は鍵のかかったドアをガチャガチャと押す。さすがにやべぇと腰を上げたとき、九井は苛立ちながら、手前のドアを叩きつけるように開け放って飛び出して行った。
「お、おい!! ……兄貴!」
人を退け、火事へと進もうとする九井にさすがの竜胆も焦りを見せ始める。
「わかってる」
優秀な竜胆は俺が立ち上がった意味を理解し、ドアを開けた。黒煙が鼻腔を通り抜ける感覚に不快感を覚える。しかし、それどころではない。俺は人だかりの中から同僚の姿を探した。白髪チャイナ……俺は九井を見つけた。
ごぉごぉと燃え盛る炎の中に、飛び込む男がいた。そいつは周りの静止も聞かずに、その自前の長髪を靡かせていった。さながら捕らわれた姫を救うナイトのようだった、と後に語られる事になる。
「赤音さん…… 赤音さんが……!!!」
「おいまて九井っ!! やめろっ」
