このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

終末のワルキューレ短編


「桜ですねぇ」

 東風は鮮やかな富士色の羽織がはためかせ、河川敷に春の香りを運ぶ。蕾を緩め、もうすぐ花盛りを迎えるであろう桜並木の下を、沖田総司はゆったりと足を進めた。木々の合間にちょこんと置かれた長椅子に積もった花びらを軽く手で払う。 腰をかけると、眩しそうに目を細めながら総司は頭上を見上げ顔を綻ばせた。
 暖かい陽光を全身に浴びながら、時折冬の余韻に髪を揺らす。穏やかな時間を噛み締めるように、総司はゆっくりと目を瞑った。

 そうだ、春はとても心地いい。

 真っ暗な視界に、見知った人影が一つ、二つと数を増やしながら映し出されていく。それは総司の生前の思い出で、こんな時いつも決まって思い出す。
 これは、試衛館のみんなと花見をした時のことだった。



 春の日差しが降り注ぐ、快い晴れの日。それは突然だった。近藤さんは風呂敷包を抱えて帰ってくるなり、ボクらを呼び出した。なんだなんだとざわざわするボクらを他所に、いつもの人のいい顔で笑いながら言った。
「先刻、山賊に襲われかけている男性がいてな」
 近藤さんは知らない人にも優しいから、それはきっと本当だ。でもそんなこと誰もが知っているし、疑う訳もない。今は妙に勿体ぶったような話し方をしているが近藤さんだ。人助けを自慢するような人でもない。
 この話には続きがあった。
「追い払ったところお礼としてこれをいただいたのだ」
 近藤さんが両手のものを床に下ろすと丁寧に風呂敷をといた。中は木箱になっている。
「なんだ?」
「木箱のようですね」
「なんだか甘い匂いがするな」
 前のめりになったボクらを見て、近藤さんは可笑しそうに笑う。
「あぁ、そうだ」
 薄い木の蓋が開くとそこには何段にも重なった鮮やかな串団子がいっぱいにならんでいた。
「お団子じゃないですか!」
 ボクがきらきらと目を輝かせながら近藤さんをみると、近藤さんは嬉しそうに笑っていた。そうか、これを見せたかったのか。
「早く食おうぜ」
「待て」
 そういうと近藤さんは、まん丸でほのかに甘い匂いを発する、いかにも美味しそうなそれを今一度風呂敷に包み込んでしまった。
 口の端から溢れ出そうな唾液を飲み込んで、ジト、と近藤さんを見る。ほんとうに自慢だったのだろうか。
 待て、総司早まるな、近藤さんはそんな視線に気がついたのか空いた右手でボクの長い前髪を乱しながら頭を犬のように撫でる。
「花見でもしよう」
 一瞬の間を経て、近藤さんらしい一言にみなが沸いたのは言うまでもない。

 着いたのは道場近くに自生する、樹齢何百年を超える桜の大輪だった。視界を埋め尽くすほど青空いっぱいに広がるその幹は、毎年春には見事な花吹雪を見せてくれる。散り際までも美しい、この桜は密かな憧れの色だった。そんな木の下でみんなとお花見だなんて。
 ボクは近藤さんに貰った団子の一本を片手にもち、陽気に体を揺らした。浮かれているのはボクだけじゃない、大丈夫。みんな表情を明るくうまい、甘いと団子片手に笑い合っているから。
「いいですねぇ」
「あぁ、団子はうめぇしな」
 いつの間にかボクの隣に立っていた彼は、両手いっぱいにお団子を持っていた。
「そうですね……って何本持ってるんですか」
 ひぃ、ふぅ、みぃ、と数えていると軽々と片手を超えた。じっ、と見ると気まずそうに彼は目をそらす。
「あのまずい飯とは違って、いくらでも腹にはいんだよ」
 その言葉にほぼ反射的にシッ、と口に手を当てた。キョロキョロと周りを見回すが、周りが騒がしかったおかげか怒りの形相をした近藤さんは現れなかった。
 ボクも黙ってお団子を頬張った。優しい甘みが口に広がる。
「ほんとだ、美味しい」
「だろ?」
 ボクは自慢げな彼の態度に思わず吹き出した。
「あなたが作った訳じゃないのに」
 ははっととりわけ愉快そうに笑う彼に釣られて僕も笑う。
「おーい二人ともそっちでなにやってんだ」
 声の方を見ると、こいこい、とみんなのいる木陰から手を招かれた。
 ずいぶん楽しそうだな、座り込むならいつの間にか囲まれて肩を組まれたかと思うと、脇腹を突かれた。
 春の風が花びらとともにボクらの頬を撫でる。
「失礼」
 ひょいっとボクの前髪に触れたかと思うと、いつの間にか乗っていた桜を人差し指で摘んでとった。
「総司! ずいぶん小洒落てるな!」
 団子を片手にみんなの笑顔が花開く。
 ときおり吹いた強い風は多くの桜を散らして踊らせた。
 こんな雨ならずっと、降り続いてくれて構わないのに。



「懐かしいなぁ」
今はあの時とは違う。帯刀は、神殺しの13人エインヘリャルとなった己の身を守るために。もうここは、鮮血の舞う戦場ではない。みんなであの時のような穏やかな時をもう一度過ごすことがてきる。それは悠久であり、限りあるものではない。この快い春風を、みんなといくらでも分かち合えるのだ。
その事実に、総司はつい微笑んだ。そうだ、今度みんなを呼んでまたあの時のように花見をしよう。嵐が来て散ってしまう前に、みんなで満開の桜の下で団子でもどうだろう。

___あぁでもきっと。

「……みんな、花より団子だからなぁ」
果たして頭上の桜を見て満開だ、と喜んでくれるだろうか。
否。それでもいいとさえ思う。みんならしくて大好きだ。それに自分も集まったら花見どころではないだろうな、と思う。きっと、面白くて嬉しくて、笑ってしまうだろうから。

総司に呼応するように、東風が優しく通り過ぎる。桜の枝がさわさわと揺れ、花びらはひらりひらりと宙を舞った。


  
1/1ページ
    スキ