無双SS
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「そんなに睨んでも、月は落ちてこないよ。シズク」
『...竹中様』
「それとも君は月からの使者を待っている、かぐやの姫君なの?」
夜も更けきり、辺りを照らすものは月光しかない。そんな中、シズクは独り縁側で月を眺めていた。
誰もが床についている頃に、人が起きていることは意外だったが。
それが昼寝の申し子、竹中半兵衛というのは更に予想外だった。
『何とまぁ...歯が浮くような酷い台詞ですね』
「君の顔ほどじゃないけどね」
『...余計なお世話です』
「うわ、心配して言ってるのに可愛くないなー。そんなに目の下に濃いクマ作っちゃってさ。眠れないの?」
どっこらせ、と了承も無く隣に腰掛けるこの軍師は、時に図々しいものがある。
けれど、その性格ゆえか。愛嬌のある容姿であるゆえか。どうにも憎めない。
「そんなに眠れないなら、寝るための極意を特別に教えてあげようか?」
『結構です。私は、眠るのが嫌いです』
「ふーん?理由は夢見が悪いとか、そんな理由かな」
『......』
「まぁ、分からなくも無いけど。今回の戦でも、少なからずとも犠牲者は出たからね」
再認識させるかのように突き付けられた現実に、思わず眉を潜めてしまった。
...嗚呼。こんなにも胸が痛むのに、私は。
『悪夢を見るのは、私への罰なのでしょう』
「は?」
『死に慣れすぎたのでしょうか。涙が、出ないのです』
「......」
『そんな夜には必ず、戦での夢を見るのです。恨めしそうに私を見つめながら、死に行く仲間の姿を。
...なので泣けぬこの身は、せめて祈っているのですよ。死者は空に還ると、何かの書物に記してありましたので』
気紛れか。罪に苛まれたせいか。
気が付けば毎夜のように見る夢の話をしてしまっていた。誰に話しても、仕方のない事実を。
突然振られた笑えない内容に、返す言葉が見当たらないのか。いつも流暢に軽口が出る彼が、黙り込んでしまった。
これは珍しい物が見れたと思ったら、少しだけ頬が緩んだ気がした。
『つまらない話をしました。さぁ、もう夜も更けました。これ以上起きていては体に差し支えますので、お部屋までお送りします』
「そして君はまた長い夜をひとりで過ごすわけだ」
『...竹中様?』
「気が変わったよ。君のお月見に今日は僕も付き合おうかな」
『私もそろそろ休みますので、竹中様も』
「嘘吐かない。本当に休んでるんだったら、どうして君の目の下はそんなに真っ黒なの」
『......』
図星過ぎて、二の句が告げない。
ならばどうやって彼にこの場から退場していただこうかと考えたけれど。
寝不足の頭では大した考えが浮かばない。その上策士と呼ばれる頭脳の持ち主が相手では、到底勝てる気がしなかった。
これは、諦めるしかないようだ。
上げかけた腰を再び降ろすと、彼は何故か満足げに笑った。
「あーあ。お月見するなら、お団子というお供が欲しかったなー」
『...こんな夜中にそんな物を食べたら、太りますよ』
「シズクはもう少し身に何かを詰めた方が、女性らしい体つきになるんじゃない?」
『貴方、流石にそれは下世話ですよ...っ』
「あ、ごめーん。気にしてた?」
『白々しい...!』
「あははっ」
腹が立つはずなのに、どうしてか彼の笑い声は心地良い。
いつも肌寒く思う夜が、この日は暖かく感じた。心のしこりが、ほぐれていくかのように。
*
気が付けば、私は自分の部屋で横になっていた。いつの間にか眠っていたようだ。そもそもいつ部屋に戻ったのだろうか。思い出せない。
曖昧になっている記憶を辿ろうとして起き上がれば、パサリと衣擦れのような音を立てて何かが落ちた。
それは彼がいつも愛用している羽織だった。そしてまだほんのりと感じる温もりは、自分のものでは無い。そう思った。
何故ならば一人で眠る時はいつも、まとわりつくかのようにあの夢を見るのだから。
それを知っていて、あの人はずっと傍らに居て下さったのだろうか。
『ありがとうございます...竹中様』
呟く声に応える者はいない。
少しだけクマが薄くなり、明るい顔色になった彼女は静かに笑顔をこぼした。