涙色の空
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知らなかった。
その言葉が通る程、現実は甘くない。そんな事は当に知っている。
それでも、もううんざりだった。
先が、終わりが見えないこの泥沼のような苦渋は、一体いつまで...。
*
最近の任務は、専らデータ収集だった。何の情報であるのかは一切知らされていない。最も、興味はないのだが。
ただ、今までにない程に大がかりではあると感じた。たかが一つのデータの為に、危力系が複数のチームを組んで出動する程なのだから。
学園が相当血眼になっている事が伺える。
けれど、結局の所はそれすらもどうでもいい。与えられた任務は、こなす。
自分には、それ以外の選択肢は存在しないのだから。
待機命令が出て、それなりの時間が経つ。他のチームは既に出動したというのに。
苛立ちが募り始めた頃、手元の携帯電話がようやく揺れた。
*
「...途中合流?」
"そうだ。お前と同じチームの生徒は、別件で到着が遅れている。よってお前は、先に今回のターゲットである建物に先に潜入するんだ。
彼女も到着次第そちらに向かわせる"
「ペルソナ。俺には、集団での行動なんて必要な...」
"今回の任務は、必ず成功させろとの初校長からのお達しだ。それから棗。生きる術を全て絶たれた時は...分かっているな?"
「...っ!」
事あるごとに、決意はした筈だ。した筈なのに。
実際に言葉として突き付けられると、何故気持ちが揺さぶられるのだろう。
舌打ちをして悪態を吐いても、屈辱しか残らなかった。
*
決して慢心だったわけではない。先程の言葉に、少なからず動揺してしまったのか。
注意力が散漫している事に気が付いたのは、拳銃に打たれてからだった。
「...チッ」
「巷を騒がせている黒猫が、こんなガキだったとはな」
カチリとシリンダーが設置する音が、いやに建物に響いた。
その相手は、アリスで追撃しようにも距離が離れすぎている。周辺に身を隠せるような場所もない。まさに窮地だった。
どうする。道は、生きる術は何処にある。
既に引き金に置かれた手のひらは、的を確実に合わせた後。銃声を響かせた。
...筈だった。
引き金を引く直前、唐突に歌声が聞こえたのだ。この殺伐とした場所には、到底不釣り合いなものが。
「ぐ...っ!?あ...あ"ぁ...っ!」
「...!?」
疑問を抱く前に、それは突然起こった。
自分を殺す筈だった相手が、突然苦しみだしたのだ。
呼吸がままならないのか。両手で首を激しくかきむしり、床に倒れた後。動かなくなった。
時間が、止まった気がした。
そんな中、耳にしたのは場違いにも甚だしい程までの陽気な声。
『危ない所だったねー、日向君!間に合って良かったよーっ』
「...てめぇ。どうしてここに、」
『あれ。ペルソナから連絡無かった?途中合流の話』
「......」
つまり、今回同じチームの生徒。それは転校生の桐ケ谷桜だった。
疑問は尽きないが、取り敢えずはそういうことのようだ。
『それにしても、危機一髪っていうやつだったねーっ。今ので何となく分かったと思うんだけど、私のアリスは歌のアリスなんだ。
個人的には気に入ってるんだけど、ちょっと難点なのが、』
「!?」
桐ケ谷が不自然に話を途切れさせた瞬間、間近くで発砲音がした。
けれど具体的に何が起こったのかを理解するには、時間がかかった。
自分を殺そうとしていた人...であったモノ。まずはソレが、獣のような聞いた事のない嘔吐きをした後、無機質なコンクリートに血溜まりをつくった。
そして辺りには、火薬の匂いが充満する。
そこまで認識して、ようやく気付く。
桐ケ谷桜。コイツが、人を殺した事に。
『...アリスの効果が出るまでに、個人差がある事かな。現に、今のもアリスで殺れたと思ったんだけど。まだ息の根があったみたい』
「......」
『そろそろ先に行かないとだね。私のアリスは前衛タイプじゃないけど、安心して!いざとなったら、今みたいに拳銃で、』
「...じゃねぇか」
『えっ?』
「何も、ここまでする事...!」
任務をこなし始めてからの月日は、まだ浅い。けれどそれなりの経験は積んできてはいるし、これが現実なのも嫌というほど分かっている。
その上で、それでもと躊躇してしまう心は罪を重ねゆく恐怖なのか。それとも...。
『どうして?』
自分の在り方に揺らいでいると、上がったのは疑問の声。
その声には、憎しみや恨みといったものは何も込もっていない。
まるで子が親に尋ねるような、そんな純粋さを感じた。
『だってコイツ、日向君を殺そうとしたんだよ?殺す覚悟があったんだから、勿論その逆もしかり。だから殺した。何がいけないの?』
「...だったら、お前にはあるっていうのか。殺される覚悟が」
『私はまだ死ねないよ。今ここで命を落としたら、何の為にこの場所に来たのか...。そう。意味が無くなっちゃうから』
「てめぇ...何が目的だ」
『桐ケ谷桜は日向棗を守る。...私は、ただそれだけを頼りにして来た』
まさかこいつは、それだけの為に危力系に飛び込んできたのだろうか。
だからと言って、そんなにあっさりと入れるものなのだろうか。...前科があれば、別なのだろうが。
そもそも、ここまで異常に自分にこだわる理由は何なのだろう。以前に面識があったのか記憶を辿るも、思い当たらない。この前転入してきた日が、初対面の筈だ。
考えれば考える程に、謎は尽きなかった。けれど、一つ分かったことがある。
殺人の意味も知らず、そして悪意を持たず。己の信念に従う為にはどんな手段をいとわない。
そして何処までも純粋な心は、どんな武器よりも、アリスよりも恐怖を抱かざるを得ない狂気。
桐ケ谷桜。
コイツは、危険だ。