涙色の空
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「桜、好きなの?」
『えっ…?』
ポツリと呟いたその声は、桜の花びらと共に春風がさらっていってしまった。
―初春。
桜が満開の季節を迎えた頃の事。学園には一人の転入生が来ていた。
真新しい初等部の制服に身を包んだ少女は、視線を新しい担任教師と名乗った男性…鳴海に向ける。
「ずっと桜に見とれてたみたいだから。桜、好きなのかなぁって思って」
『…見たこと、無かったから』
「えっ…?」
今度は鳴海が疑問の声を上げる番だった。
桜など、季節が来れば至る所で見る事が出来る筈だ。
にも関わらず、少女の発言はまるで生まれて初めて目の当たりにしたような…否、そういった意味合いにしか聞こえなかった。
「それって、どういう…」
『そんな事より、早く教室に行きましょうよ!鳴海先生っ。
私、今日という日を楽しみにしてたんですから!』
言及の声を遮るかのように、少女は先を急いだ。
余程楽しみにしていたのだろう。
スカートの裾をつまみ、踊るようにくるくると回り始めて喜びを全身で表現していた。
その姿は、彼女自身が桜の花であるかのように愛らしい。
鳴海は思わず笑みを零していた。
「よっぽど楽しみにしてたんだね~っ」
『はい!』
「…それは、どうしてだい?」
一度足を踏み入れれば、卒業まで外に出ることは許されない牢獄のような場所。それがこの学園だ。
少なからず、不満を持っている生徒は多いだろう。
そんな中、本当に嬉しそうに笑う彼女はとても珍しい存在だった。
それは普段必要以上に生徒と深く関わろうとしない鳴海が、思わず詮索してしまう程に。
『ずっとずっと会いたくてたまらなかった人が、この学園にいるんです』
「会いたい人…?友達とかかな?」
『友達だったら素敵!でも残念ながら、私が一方的に知ってるだけなんです』
「ふうん…?」
回答は何だかありきたりで、途端に興味を失う。
いずれにせよ、これだけ学園生活を楽しみにしているのだ。
不満を糧に、不祥事を起こすような問題児にはならないだろう。
そう結論づけた鳴海は、敢えて深い追求はしなかった。
少女は今だ桜の花と戯れるかのように踊っていた。
うっとりと微笑むその表情は、まるで恋する乙女のよう。
『日向棗。…やっと、会えるのね』
楽しみだなぁ、と。
夢見心地に呟いたその言葉の奥に、狂おしい程の想いが秘められているのは。
まだ、誰一人知らない。