宛名のない手紙
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『雰囲気に流されて一体私は何をやらかした』
現在の時刻は日も登ってきた午前七時。私こと早瀬由香は、例の神社...の、階段を息乱しながら上がっている最中であります。その理由は。
『枝にくくりつけた手紙、未提出課題だった...!!』
絶望的にアホ過ぎて馬鹿野郎って叫びたいですが。息も切れ切れでそれは難しそうです。
馬鹿って誰って。私ですよ。私。
乃木君はあんな所に結んで良かったのかとよぎったけれど、書くのに悩んだだの言っておきながらあの人提出済みだったんだそうでしたー。なんて一人突っ込みしていたら、ようやく階段が終わりを迎えてくれたようです。
『お...思い出して良かった...。一時間目は確か現国だったから...ん、え?あれ』
昨日と同じ場所にたどり着いたのですが。木の枝には何もくくりつけられていなかったもんですから、あら大変です。
『や、ふざけてる場合じゃない...。この木であってる筈なのに、どうして?え、おみくじ以外の関係ないものは回収されちゃう感じなんですかそして誰かに見られちゃう感じなんですかそれ何て公開処刑...!』
ブツブツ言っておりますが、私こと早瀬。手は休めておりませんよ。目を皿のように動かして、何とか手紙を回収する所存です。
『見つからなかったらどうするの、一限目...!罰則くらったばっかなのに、昨日の今日で課題忘れたとか...ほんと、どうしちゃうの私!』
「朝からゴチャゴチャうるせーな、馬鹿その二が」
『ひっ!?』
探し物に夢中になっていたら、誰かがいつの間にか真後ろに立っていたようです。
口調こそ乱暴と感じましたけど。確かに正論過ぎる...!朝っぱらから自宅前でウロウロブツブツしてる不審者がいたら、確かにそりゃヤバい。
『あ、あのっ。朝からお騒がせしてすみません!その、私はっ。...!?』
「......」
『私、は...っ』
「...おい」
『ひゃ、はい...っ』
「何で泣いてる」
『え...っ』
黒い猫のお面をした、巫子姿の男の子。
彼の姿を見た瞬間、言葉が喉に詰まって、顔にやたら熱が集まる感じがしました。
指摘されるまで気が付きませんでした。どうやら私、泣いてたみたいです。
こんなの更に不審人物じゃないか止めなきゃ。そう思うのに。
そう思う程に、涙腺が壊れたんじゃないかってくらいに涙が次々と溢れ出てしまって。
『ご、ごめんなさ...っ』
何かを叫びたい程に、胸の奥からも色んな気持ちが込み上げてくるのですけれど。それが何なのか、よく分かりません。
初めて見る筈の人に、どうして私はこんなにも動揺してしまっているのでしょう。
『う...っ、く、っわぷ!?』
「もう泣くんじゃねぇ」
『ひっ、く、...す、ずみませ...っ』
あまりにも泣き止まなかったのに居心地が悪くなったんでしょうか。
巫子さん衣装の裾で、乱暴にゴシゴシと顔面を拭かれました。
和服は生地が洋服より厚手なせいなのか、地味に痛いです。それなのに。何で私、嬉しいと思っているんでしょうか。
聞いてみたい事はいっぱいありました。それなのに。
『わた、私...、その。手紙...作文を、昨日ここの神社の木の枝にくくりつけてしまって。...課題なのに』
「馬鹿の上に間抜けだな」
『ふぐぅ...』
喋りだしてみれば、全然的外れな言葉ばかりで。もどかしくて。
口数の少ない、彼の乱暴な会話が何故かとてもあたたかくて。
拭ってくれた涙が、枯れる事なんて知らないとばかりにまた流れそうです。
「ん」
『この手紙...君が、持ってたんですか...?』
「変態教師にドヤされたくなかったら、もう阿呆な事すんな」
『あ...っ』
話は終わったとばかりに、くるりと背中を向けて歩き出して行ってしまいました。
たったそれだけの事が、どうしてこんなにも寂しいと感じるんでしょうか...。
「...遅刻するぞ」
『はい...。そう、ですね...』
私がまだ立ち尽くしている気配が分かったのでしょうか。先を急かす声をかけられました。
そう...ですよね。長居したら、仕事の邪魔になりますし。私の今のこの気持ちも、一方的なもの。ですよね...きっと。
境内に背を向けて歩き出せば、日はもうすっかり昇っていました。
天気は快晴。泣きっ面には目に染みるぐらいです。
『(そういえば前にもこんな天気の時、滅茶苦茶に泣きたい時があった気がする)』
でも、どうしてか泣けなかった気がする。
それでも、今日、あんなに涙を流すことが出来たのは。
『君が、いたから』
ふと振り向けば、彼もこちらの方を見ていました。
煩わしくなったんでしょうか。先程着けていた黒猫の面は外されていて。真っ赤な瞳が眩しそうに、私の姿をジッと捕らえているのが分かると。
気付けば私は、全速力していました。
少しの距離の筈なのに、凄くもどかしい。早く、早く。何か、伝えなくちゃ。
『あの!』
「...何だよ」
『あの、そのっ。えぇと...っ。これっ!君が、持っていてくれませんか』
「何でそんな事しなくちゃいけねぇんだよ」
『私が届けたかったこの手紙の宛名は、君なんだって。そう思ったから...っ!』
教室にいた筈の、思い出せない大切な誰か。ちょっとおっかない時もあるけれど。その中には、不器用な優しさがいっぱいつまってた。
言葉も乱暴だけど、馬鹿だなって言う時は決まってその綺麗な目を細めて...
「馬鹿か、お前」
『え...』
「そうしたら課題どうするんだよ。本当に...この馬鹿由香」
『ぅ...うぁ...っ。うわぁぁん!!』
小さく、笑ってくれるんだ。
どうしてなんだろう。ずっと、ずっと私はこの笑顔に会いたかった気がする。
今やっとそれが叶って。思わず目の前の彼に抱き付いて、わんわん泣いてしまったけれど。
それに応えてくれるみたいに、彼もきつく抱き締め返してくれて。それが途方もない奇跡のように、思えた。