宛名のない手紙
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『だからと言ってまぁ、要領が良い訳じゃないんで。私』
そう独りごちた私こと早瀬は、今現在、長い階段の先にある噂の神社から夕日を見下ろしているなうです。
授業中に終わらなかった課題に加えて、ゲロ並みにくさいゲロごみ箱罰則掃除のコラボが簡単に終わるわけがなかった。
終わった後来なさいと約束させられたけれども。時間が遅すぎたのか、今は誰一人居なくて閑散としています。
『これは明日辺り、正田さんにドヤされちゃいますかねぇ...』
夕方というシチュエーションだけで、随分とセンチメンタルになるのは何故なのでしょうね。
例えるなら奥さんが怖くて家に帰りたくないサラリーマンの気分です。知りませんけど。
『もう、帰ろう』
この神社って、やたら階段が長いんですよね。苦労して登ったのに、またこの長い階段を通るんですかそうですか...。
げんなりして階段に足をかけた時。
誰かの、視線を感じた気がしました。
『...あれ』
ぼんやりし過ぎていたんでしょうか。視線を感じると思った瞬間には、接触されていました。
それは白くてフワッとしていそうな腕を私の足に掛けて、赤い目で私を覗き込んでおりました。
『乃木君と一緒にいたうさぎん...どうして?』
「早瀬」
『あれっ、乃木君。どうしたんです?もう皆さん帰ったんじゃ...』
「待ってたんだ。早瀬のこと」
『へ...っ?何か、用事とかです、
っどは!?』
「え...っ、ちょ、大丈夫...!?」
『自分の要領の悪さが大丈夫じゃない...!そして痛いです。ふつーに』
「大丈夫じゃないって事だね!分かってた!」
何が起こったのかと言いますと。
乃木君のお話を聞きながら、自分もそれに相槌を打ちつつ。そして更にうさぎんを踏まないようにしようと思いながら、一度足をかけた階段から戻ろうとしたら...段差を見誤り、コケました。
こんなドジっ子キャラは求めていない。特に恐らく真面目な雰囲気であろうこのタイミングでは。
乃木君、心配というよりそこで転ぶか普通。みたいな若干引き顔をなされているし。
『...って!あわわわ、私の脳内だけでなく、私の鞄の中身もひっ散らかってる...!たた、助けて乃木君!私が悪いのですけれども』
「うん、早瀬。あのね、」
『ひらに、平にご容赦下さ』
「うんだから分かったから一回落ち着こう?」
『...はい』
お顔が整っている人が真顔になると、何とも言えない圧を感じるのは何なんでしょうかね...?
普段は優しげな印象だから、余計にそう思うのでしょうか。こう、一筋縄ではない所が...
『流石、あの人の友人って感じですね...乃木君って』
「あの人って?」
『え...っ?うん?あれ、何か、心の声がうっかり出てましたか、私』
「ねぇ早瀬、あの人って誰の事を言ってるの?」
『あれ私の問いかけはスルーなんですかね』
「早瀬!」
『うぁっ、はい!』
「今は茶化さないで...お願い、答えて」
すがるような、願うような。何故か泣きそうにも見える乃木君の表情にドキリとしたのは、どうしてなのか。
彼がどうしても問いただしたい、先程口にしたあの言葉は。
『私達が毎日を過ごすあの教室には。もう一人、居た、気がしてならないんです。
なのに、声も顔も名前すら何一つ分からなくて。でも、確かに居る筈なんだっていう確信だけは何故かあって...ごめんなさい、変な事言ってますよね』
「...俺も」
『はい?』
「俺も、探してるんだ。その誰か。国語の授業で書いた手紙。早瀬が宛てたい人と、同じ人へ手紙を書いたんだ。実は」
『......』
「どうしたの、早瀬。呆けちゃって」
『私誰に宛てた手紙なのかは、誰にも言ってなかった筈なのに。どうして...?』
「俺も確信はあるのに、思い出せないくて、書くのに凄く悩んだから。早瀬もそうかなって...ほら。
あと、最近探してるのに気が行きすぎてるのかやたら挙動不審だったし」
『乃木君...』
気付いてるのなら。言って欲しいな早目にね(字、余り)
そうでした、乃木君ってこういう人でしたよね。したたかというか。私に対してこう、ドライな所があるといいましょうか。
「自分から気が付くのも大事なスキルだよ。きっと。うん。だからこれは優しさかな」
『乃木君まで読心術が!?心の内を読む人は一名で十分です!いや、読まれないのが一番ですけども!』
「何言ってるの...早瀬が顔に出すぎてるんだってば。...よいしょ、と」
『うん?乃木君、何してるんです?』
軽く私をあしらいながら、乃木君は何やら紙をせっせと木の枝に結びつけていました。
おみくじでもやったんでしょうか?でも、それにしては紙のサイズが大きいように思います。
「願掛け」
『それ、おみくじですか?』
「ううん。手紙だよ。誰かに届けたいけど、どうしたらいいのか分からないから。こうすれば神様が見てくれるかな...なんて」
『乃木君にしては...失礼ですけど、夢見がちな発想ですね?もっと現実的に攻めていくものとばかり』
「だってそもそもこの考えが突拍子もないじゃないか。居ないのに、居るはずだなんて。...早瀬も、やる?」
『...そうですね』
周りからはおかしいって言われるであろう思い込みのような確信は。神頼みでもしなければ、真実はずっと分からないままかもしれない。
会いたい誰かを思い出せないのが、もどかしくて。声でも瞳でも、顔でもどれか一つでもいいから早く分かればいいのにと願いながら。
枝にくくりつけた願掛けはやっぱりちょっと大きいな、なんて思いました。
『手紙はおみくじより大分サイズが大きいから、神様も見つけやすいですかね』
「早瀬って結構面白い考え方してるよね」
『そういう乃木君も、珍しく今日はメルヘンですよ。手紙を枝に結ぼうなんて、考え付きもせませんでした』
「願掛け、てだけじゃないんだけどね...」
『それ以外にも、何か思うところが?』
「神様、というか。もしかしたらこれを見る人がいるんじゃないかって」
『神様以外が?それってとんだプライバシー侵害じゃないですか。でもそれって、誰の事です?』
「...さぁ?」
『へ?』
「さ、日も暮れてきたから早く帰らないとね。置いていっちゃうよ。早瀬」
何やら意味深な発言をして、さっさとこの場を後にして行った乃木君ですが。
階段の先ではしっかり待っていたくれたどころか、家まで送り届けてくれるスマートな対応をして下さりました。
もしかして、遅くなってでもここへ来たであろう私を待っていてくれたんでしょうか...考えすぎですよね、きっと。