知らぬは当人ばかり
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『よっこらせ...っと、』
塵も積もれば山となるとはまさしくこの事ですね。一つひとつは軽いであろう干し草も、いくつかの束になればそれなりの量になるようです。
それを抱え込んで、それなりの距離を歩けば、つい掛け声を出してしまうのは不可抗力だと思います。はい。
ずっと持っていれば重さをより感じるし、何より腰にくる...おい誰だ年寄り臭がするとか言った奴。
そんな被害妄想を繰り広げている内に、どうやら目的地に着いたようですね。
今気が付いたんですが、この頼まれた物は一体何処に置いておけばいいんでしょうか。中に誰かがいてくれたら助かるんですが...。
『あのぉー...すみません。誰か、』
「僕の...っ。可愛い動物ちゃん達~っ!」
パタン...。
咄嗟にドアを締めて、思わず今の場所を再確認してしまいました。
え、岬先生に言われた場所って、ここで合ってますよね...?
これ以上にない程破顔した乃木くんが、動物達と手を取り合って踊っている異空間が垣間見えた気がしたんですけど...。(しかも、シャランラとかちょっと意味が分からない効果音付きである)
...。
『...疲れてるのかな。私、』
バターン!!
『うおぉい!?』
「...早瀬...」
恐らく...いや、きっと。見てはいけない場面に遭遇してしまいましたよね。これ。
だからパシられた疲労のせいで幻覚が見えたのだと無理矢理片付けて。
そして頼まれた干し草はこの入口に放置して、何事も無かったかのようにそそくさと退散しようと思ったのですが。
どうやら一足遅かったようです。
勢いよく開け放たれた飼育小屋の向こうには、まるで地の底から這い上がるような乃木君の声が。
「...見た...?」
『...あー...。いえ、何も。
動物達と軽やかなステップを踏んで、パラダイス状態だった乃木君を見たとか、きっと幻覚ですから』
「しっかり見てるんじゃないか...っ!」
『あ、やっぱり幻覚じゃなかったんですね。夢かと思ったけどー、夢ジャナカッター』
「~っ!早瀬のバカっ」
全ては幻~と言って強引に片付けようとしたのですが。
恥ずかしさのあまりに頬染めて体を震わせる乃木君が、あまりにも可愛らしかったものですから。
某国民的アニメ映画と酷似する台詞を吐いて、ついおどけてしまいました。
ちなみに正しい台詞は、夢だけどー、夢じゃなかったー!です。
おふざけが過ぎたのか、乃木君がポカポカ叩いてくるんですけどね。
正直、可愛い以外の何者でもないですよ。今の乃木君。頬が思わず緩んでしまう程に。
好きな子ほど苛めたくなる心情がちょっと理解出来そうな瞬間です。
パシャ...ッ
『...うん?乃木君。今、何か変な音鳴りませんでしたか?』
「そうやって言っても、誤魔化されないからなっ」
『えぇぇそんなつもり無かったんですけど...まぁいいです。それで』
「...早瀬」
『何でしょう?』
「この事、絶対他の奴には言うなよ...っ?」
『...はい。言いませんヨ?』
「何でそこでまたにやけるんだよ!?もうっ」
男子がもうっ、って言ってほっぺた膨らませるのってどうなんでしょう。
でも乃木君がやると何か妙に似合ってるし、かわゆすですね!とか。
そんな思考がよぎったけれど、流石にこれ以上の言及は避けることにしました。
日向君辺りに知られでもしたら、存在を抹消されそうですからね!
『まぁ、いいじゃないですか。減るものでもないですし』
「俺が減るんだよ!」
『それでもいいアリスだと思いますけどねぇ。自分も相手も和みますし。何より、誰かを傷付けることが無いっていうのが...』
「...」
『あ...』
調子に乗ったあまり、失言してしまいました。
アリスに限らず、人って少なからず他人との違いを比べてしまう生き物です。
特に私は自分のアリスに対して常に後ろ暗いものを持ち合わせているものだから。つい、卑屈っぽい言葉になって...。
『ご、ごめんなさいなさい。今のは、ちょっと無かったことに、』
「早瀬ってさ」
『へっ?』
「少しだけ似てる。棗に」
『......』
「あ、いや。勿論見た目じゃないよ?中身がっていうか...」
予想だにしなかった乃木君の発言に対して、一体私はどんな顔をしたんでしょうか?
慌てて取り繕うようにフォローを入れてくれましたけど...えっと。
いつも遠巻きでしか見たことがない日向君の内面なんか図り知れる訳がなくて。ますます、意味がわかりません...。
「...昔ね。棗も同じようなこと言ったんだ。俺のアリスを初めて見た時。誰かを傷付けずに守ることが出来る、いいアリスだって。...と一緒に」
『えっ?乃木君、最後なんて言いました?よく聞き取れなかったんですけど...』
「あっ、ううん!別に何も。
あとは、そうだなぁ。辛いんだろうなって時も一人でこらえちゃう辺りもそっくりだよ」
『そうですかねぇー...?』
「この前花壇の近くで転んじゃって、一人で泣いちゃってたじゃないか。早瀬」
『うぐぅ...っ。そ、その説は、多大なるご迷惑を...っ!』
先程の仕返しでしょうか。これ。
さらりと痛い所を突いて掘り返してきましたよ、このお方。
大人しい人ほど怒らせると怖いって言いますからね。今日の事でからかうのはもう止めておこうと、心に誓いました。
それにしても。内面があの日向君と似ている所がある...ねぇ?
彼をよく知る乃木君に言われても、いまいちピンと来ません。
でもまぁ、それを理解できなくとも困る機会はなさそうだなと...そう、思ったけれど。
「...早瀬も、棗のように昔...」
『...え?』
「あ...ううん。ところで早瀬は何でここに来たの?」
『あ、そうでした。私、岬先生に頼まれて干し草を持ってきたんですけど。何処に置いておけばいいか、乃木君知ってますか?』
「あぁ、それなら分かるよ。こっちに...」
だったら日向君も、過去に自分の能力で人を傷つけてしまったことがあるんでしょうか...?
彼とは全く接点が無いので、その真相を知る時は来ないのでしょうが。
敬遠していた日向君の印象がちょっと変わって、そして。ほんの少しだけ興味を持った瞬間でした。