恋はするものではなくて、
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*
『夜になってから病室にこっそり来て、だなんて...変なお願いね』
病院の消灯時間はとても早い。
いつもなら余裕で活動している時間帯なのだけれど、辺りはもう真っ暗だ。
こんな時間に病院へ入るなんて、普通は無理なんだろう。
けれど裏任務をこなす危力系は、危険を伴う仕事が多い。その為、怪我をした時は文字通りいつでもここで診てもらう事が出来る。故に顔パスだ。
中にさえ入ればこっちの物である。
診察室はスルーして、かなめの病室を目指す。
『仕方ないとはいえ、ずっと入院生活をさせてるから寂しい思いさせてるのかも...と、着いたかな』
辺りが暗いからいつもと勝手が違うけど、何度も来ている病室を間違える訳がない。
静まり返った病院は、ノック一つで響きそうだったのでそのまま足を踏み入れる。
『...かなめ?来たわよ。起きてるんでしょう?』
「...!」
『消灯時間だろうけど、スタンドライトだけでも付けたら駄目なのかしら?慣れてる場所とはいえ、ここまで暗いと何も見えな...かなめ?』
「何でアンタが、ここにいるんだよ」
『...っ!?』
いつまでもかなめの反応が無かったので、体調でも悪いのかと不安がよぎった瞬間。
予想外の声が返ってきたせいで、頭が真っ白になってしまった。
窓が開いているのか、カーテンが揺れている。その隙間から、月明かりが相手の輪郭を映し出していた。
安藤翼。彼が今、私の目の前にいる。
一気に心拍数が上がってしまったけれど、睨みつけるような冷めた瞳が私を冷静にさせた。
「夜にどうしても話したいことがあるからって、かなめに言われたから来たのに...」
『...はめられたわ』
「はっ?」
『な、何でもないわ。それよりかなめは?』
「俺がここに来た時にはもういなかったよ」
『そう...。何処行っちゃったのかしら』
でもまぁ、こんな展開を仕組んだのは明らかにかなめだ。
それだったら、単に何処かへと身を隠してるだけだろうからそう心配しなくてもいいのかもしれない。
『君はもう帰りなさい。多分かなめのイタズラだから...』
「随分かなめと仲がいいんだな」
『...?それは、君もそうでしょう?』
「そういう意味じゃなくて!っていうか、何だよキモいその呼び方っ。まさか俺の事忘れたって訳じゃ...」
『無いわよ。安藤、翼君』
「え...っ」
面と向かって、話をして。名前を呼ぶ日が来るだなんて思ってもみなかった。
知らなかった。好きな人の名前を声に出すだけでこんなに緊張するだなんて。
震えてしまった情けない声は、果たして誤魔化せたんだろうか。
『...瑠衣が熱烈に、君の事気に入ってたから。忘れるに忘れられないわ』
「そういう意味で覚えてただけかよ...」
『何か不満でもあるの?』
「別に...っ。それよりも、最初の質問に答えは」
『質問?』
「だからお前、何でそんなにかなめと仲がいいんだよ!」
『ちょっと、声抑えて...っ。誰か来たらどうするのっ』
いくら私が顔パスでいつでも病院に出入り出来るからって、勝手に面会していい訳がない。
ここに第三者が来れば、お互いに罰則は確実。
けれど彼は頭に血が上ってしまったせいで、その事を完全に失念しているみたいだ。
...止めるべきなのに。
私を睨みつける瞳が苦しげに歪んだせいで、身動きが取れないだなんて...本当、我ながら重症。
「いくら二人がおアツいからって、授業サボってまでフツー会いに行くかよ」
『えっ?何で君がその事知って...っていうか、おアツいって何なの』
「とぼけんなよ。こ、恋人同士なんだろっ?」
『...。誰と誰が?』
「ここまで来てしら切るなよ!アンタと、かなめがって言ったんだ!」
『...ふっ』
思わず笑ってしまったら、これでもかと言わんばかりにまた睨まれてしまったけど。これは絶対に仕方ない。
だって彼、盛大な勘違いをしているんだから。
「何がおかしいんだよ!」
『ごめんなさい...ふふっ。...そうね。こうして改めて自己紹介するのも、変な感じだけど...。
私の名前、園生石って言うの』
「だから何...っ。...園生?」
『...弟がいつもお世話になってるわ』
「はぁ...っ!?っむぐ、」
『ちょっと君、さっきから叫び過ぎなんだけど。誰か来たらどうなるか本当に分かってるの?』
つまり、だ。さっきからやけに剥き出しだった敵対心は、単に私に嫉妬していたという事らしい。
自分よりも親しげにしているかなめの姿が面白くなかったのだろう。
そう納得した時、安堵した自分に嫌悪感を抱いた。
私が彼にした仕打ちは、消えるわけないのに。
「...」
『あ...っ!状況、分かってくれたならそれでいいの。その、ごめんなさい。いきなり口塞いじゃって。
長居すると本当に見つかるかもしれないから、そろそろ...きゃっ!?』
「...俺、ずっとアンタに聞きたかった事があるんだ」
咄嗟の行動だったとはいえ、信じられない。まさか口を塞ぐだなんて。
おまけに至近距離で視線が合って我に返る間抜けな行動、普段の私では考えられなかった。
彼を見ているだけでも、自分はおかしくなるのに。これ以上一緒にいたら、どうなってしまうというのだろう。
自分自身の事なのに、何一つ分からないのが恐ろしく感じた。
だから私は、早々にこの場を終わらせようとしたのに。強く腕を引いた手のひらが、それを許してはくれなかった。
「何で、泣いたりしたんだよ」
『...泣いた?誰が、いつ?』
「アンタが。...俺と、初めて会った時」
『...!』
言葉こそ濁してるみたいだけど、それは懲罰での事を言っているんだとすぐに分かった。
どうして泣いたのか。説明しようと思えば、出来ないことはない。
けど...とても上手く伝えられそうにない。そもそも、伝える気もない。
あの真っ直ぐな瞳に出会った時の衝動。そして、無機質だった私の景色をどれ程彩ったかなんて。
『それは...とても一言では、表せそうにないわ...』
「...アンタなんかっ。ただの嫌な奴でいてくれれば、良かったんだ...っ」
私の腕を掴んでいた手に、痛いくらいの力が込められる。
それとは正反対に、吐き出す声は酷く弱々しかった。
(そんな顔をしないで)
(出来ることなら笑ってほしい)
たったそれだけの事が、私には出来ない。
彼を散々痛め付けた奴がそんな事を思うだなんて、とても滑稽だわ。
好きだと思った、この気持ちですら...
「俺は、間違った事なんかしてないのにっ。それなのに学園の言いなりになって懲罰をやるアンタを心の底から軽蔑してたのに...!
なのに、何でなんだよ!何でいちいち、来る度に病室の花変えてみたり、マメにベアの様子見に行ったりしてんだよ...!」
『どうして...そんな事まで知って、』
「飾られた花が、全部かなめの好きな花だって事も。かなめが大事にしてるベアも気にかけたり...っ。
アンタの事を知る度に、どんどん苦しくなってくんだ。ただの嫌な奴だったら楽だったのに。俺...っ俺は...っ!」
『ん...っ!?』
そこから先は、お互いに言葉は続かなかった。...ううん。続けられなかった。
捕まれてた腕が力任せに引っ張られた次の瞬間には、唇に、何か押し付けられていて。
全てが唐突すぎて、瞬きすら出来なかった。
何が起こったのか理解する前に、それは離れたのだけれど、代わりにあり得ない程近くで視線が交わった。
睨むような瞳は相変わらず。でも今は、何処か熱を宿しているようで...そらすことが、出来ない。
「園生、石。きっと初めて見たその時から、アンタの事が好きになってたんだ」
『......』
「...女子は何かとすぐに乙女心とか言うけどさ。男だって、こっ、告白するの緊張するんだからな!
少しはリアクションしろって...イテッ!?」
『その乙女心とやらをないがしろにしてるのは...何処のどいつよ!』
何なのこの展開。ついていけない。
彼がかなめと親しい私に嫉妬していた一方で、私を嫌っていたという所までは納得できる。
あんな出会い方をしたんだから、好意的な感情が向けられる訳がない。絶対に。...それなのに。
この人、今、私を好きって言ったの?
触れた唇が、熱を持ったみたいに熱い。
私の許容量は、もうとっくに限界越えてる。
なのにリアクションしろって?お望み通りしてやったわよ。手痛い平手打ちを返してやってね!
「っ痛ー...いきなり何するんだよ!」
『生憎だけど、それはこっちの台詞だわ!突然、き、キスしておいて、その後で好きだなんて...っ。
順番おかしいわよ!人の事何だと...っ!』
「それって...逆だったら良かったって事?」
『~っ!?ばっ、馬鹿っ、何言って...!』
決してそういうつもりで言った訳じゃないのに...っ!
でも解釈を変えたらそうなってしまうんだろうか。そもそもそこで、嘘でもいいから違うって言えれば良かったんじゃ...。
あぁ、駄目だ。私完璧に翻弄されちゃってる。
「...なぁ」
『なっ、何...っ!』
「いきなりこんな事言われても、ビックリするだろうから、返事は急がないって言うつもりだったけど...」
『えぇ、驚いてるわよ。かつてない程にね...!だから一回、離れて...!』
「...やだ。返事、今すぐ聞きたい」
『は...っ!?』
「嫌だったら離れればいいだろ。でも...そうじゃなかったら。...もっかい、キスしていい...?」
『~~っっ!...むっ、』
「ん?」
『無理ーっ!!』
「ぶっ!?」
さっきも言った通り、私の限界はもうとっくに越えてる。
人は極限状態になると、何をやらかすか予想がつかないもの。
その中でも私は、女子は早々やらないであろう、拳を握って手加減なしに殴るという行動に至ってしまった。
その結果、彼は床に倒れてしまったけれど、私にはもう自分の事を考える余裕しか無い。
とにかくこの場から離れたくて、誰に見つかるかも分からない病棟内へと駆け込んでいった。彼一人残して。
『あり得ない...っあり得ないわよ、こんなの...!』
私の今までの思いは、そんなに単純なものじゃない。
弟を守る為に、周りのもの全てを切り捨てた、この思いは。
それなのに、彼にはきっと全部見透かされてしまったんだ。私も好きだって気持ちを隠していたのが。
だからもう一度してもいいか、なんて核心的なこと...!
何処まで走り続けたのか分からない。上がる息を整えている内に、少しばかりの冷静さが戻ってきた。
勢い余ってとはいえ、あの場から逃げ出してしまった...。けど、いつまでもそうする訳にはいかないんだろう。
覚悟を、決めなければ。
いつも痛むと感じる心は、今は甘く締め付けてくるようで。やっぱり、苦しかった。