止まない雨はないように、
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*
誰にでも踏み込まれたくない領域というものがある。それは人に限らず、動物にだって当てはまるのだろう。
例えば子を育てる母猫。怪我をした子を守る為に、外敵から身を隠した場所。そこに易々と部外者が踏み込んできたら?
それがきっかけとなって、子が殺されてしまうのは珍しくない。
外敵に見つかって殺されるくらいなら、いっそ自分の手で殺した方がよかったのか?自分の子は生きる見込みがないと感じたのか?
母猫が何を考え、思ったのかは誰にも分からないけれど。
とにかく。これが由香が偶然出遭ってしまった事実。...その瞬間を、視てしまったことも。
*
『...安藤先輩って。テレパシー的なものを受信できるエスパーなんですか?』
「はぁ?何だそれ」
『いや。もしかしたらそういう類いの第2のアリスが...!?』
「おーい戻ってこーい」
一段落して落ち着いた場所はベアの小屋。
安藤先輩といると、ここへたどり着くのが最早お約束の展開な気もしますが。
私達が居た(いや、何処に居たのか知らないけど)一番近場がここだったのだから仕方がないです。
『いえ、これを機会に第2のアリスの可能性をですね...っ』
「おいおい...マジで言ってんの?それ」
『だってそうじゃなきゃ、どうやってこのだだっ広い北の森で偶然出会えるんですかっ。
そして何故か、ベアの小屋には着替えが常備されてるという用意のよさ...やだ、何か怖いです』
「何が怖いんだよ、何が。たまに入り浸る事があるから着替え置いてってるだけだっての!
ったく...。そんなに自分のアリスをカミングアウトしたのが嫌だったのか?由香」
『そ...っ!そんな、事、』
「あるだろ?さっきからテンション高くて空回ってるぞ~?」
『...っ』
「ちょっ、おまっ。悪かったから、泣くなって!」
『泣いてなんかっ、いません...っ』
ずっと、見守ってくれていたという言葉はだてじゃありません。
安藤先輩といるといつもそう。何もかも気持ちが見透かされた気分になって...。
...堪らなくなる。
『さ...っ、さわっ、触らないで!下さい...っ』
「...!」
『ちゃ、ちゃんと聞いてました?私のアリス。聞いてましたよね。触りさえすれば、視えちゃうんですってば...!それが何であろうと!だからっ』
「そう言うんだったら、その顔止めろ。由香。分かってんのか?今お前どんな顔してるのか」
『でも...っ』
「まだ出任せ言うか?そんな奴は、今度こそ頭にたんこぶ作ってやろうかぁ~?このっ」
『ひゃ...っ!ぁ、せっ、先ぱ...っ』
...泣いてすがり付けば、受け入れてもらえるんじゃないかって。
勘違いしてしまいそうになるから。
否応なしに抱きすくめられて、胸が締め付けられるこの感情って何?
触れられて怖い筈なのに振りほどけない。
それどころか、胸に響く声が凄く心地よく感じるなんて...色んな感情がごちゃ混ぜになって、もう分からない。自分の気持ちの筈なのに。押さえられない...っ。
「気持ちは分からないでもないけどな...同じアリスだし」
『安藤先輩...っ。は、離して下さい...っ。本当は怖い、くせにっ。視られるのかもしれないのに...っ!』
「...何処の誰と重ねてるのか知らねーけど。勘違いするなよ。怖いと思ってるのは、お前だろ。由香」
『...!』
そう言われたせいで、唯一堪えてた涙までもが頬を伝った感覚がした。
...そう。私、怖かったんだ。
私のアリスを目の当たりした、恐怖を映したあの瞳で見つめられるのが。...あの時の、佐倉さんのような。
「さっきは同じアリスって言ったけど。お前の気持ち、全部分かってやる事は出来ないかもしれない。
正直、そのアリスでどんだけしんどい思いしてきたのか想像つかねーよ」
『先輩...私、』
「でも、側に居ることくらいなら出来る。俺言ったよな?一人で泣くなって。全部理解してやることは出来なかったとしても、一人でいるよりは絶対いいんだ。...絶対」
そっと視線を上げれば、安藤先輩が真っ直ぐに私を見つめてるのが伝わってきました。体が密着しているせいか、余計に。
この人は、逃げ出さずに私と向き合おうとしてくれてるんだ。
私は...逃げようとしていたのに。
『先輩は、馬鹿です...っ』
「馬鹿はお前だろー?頭撫でられるの好きなくせに触られるのが怖いとか。損な奴だな」
『服、また濡れても知らない...っ』
「上等だよ。ガキはガキらしく甘えとけっての」
『う...っ』
もう言い訳らしい言葉が何一つ浮かばなかった私は。その胸にすがり付いて泣いてしまいました。
受け入れてくれたのが嬉しかったのか。自分のアリスが悲しいのか。それすらも分からないまま。
ただひたすら、思いをぶつけるように。
気が付けばいつの間にか雨は止んでいました。
そして自分の中の何かも、一区切りがついたような。今までにない不思議な気持ちになったのです。