止まない雨はないように、
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*
「今日は雨...か」
「雨って言うだけでジメジメするのに、何窓辺でたそがれてんだよーコラ」
「イテッ。何すんだよ美咲!」
「のだっち居ないから能力別授業が暇なのは分かるけどさぁ。ちょっとぼんやりし過ぎなんじゃないの?二人して」
「は?二人してって...おわっ!?」
その日は雨だった。雨が降ると、必ずアイツの泣いてる姿が頭をよぎる。もう大丈夫の筈だと何度言い聞かせても。
そんな事を考えながら、特力系教室の窓辺で一人たそがれていたつもりだったが。
どうやらいつの間にか窓辺にもう一人来ていたらしい。ちょっと前に転校してきた初等部生。
何故だかコイツも浮かない顔をしていた。
「お前いつの間に来てたんだよ蜜柑...。ビックリさせんなって」
「...翼先輩。ウチ...ウチ、」
「ん?どうかしたのか?」
「ウチ、由香ちゃんに嫌われてしまったかもしれへん~...っ」
「...由香?」
泣きついてきた後輩が口にしたのは、まさしく今さっきまで頭を占めていた奴の名前だった。
雨は今だ止みそうにもない。嫌な予感が、した。
*
詳しい事情を聞いてみたら、嫌な予感はさっきよりもジワジワと強まっていった。最も、詳しい事情と言ってもだ。核心の部分は分からなかったのだが。でも、
(翼先輩は...由香ちゃんのアリスって、何か知っとる?)
(アイツの?そういや知らねぇけど...)
(そう、なんや...)
それ以降口を閉ざしてしまった後輩の姿を見れば、おおよその見当はつく。
能力関連で、何かしらトラブルがあったのだろう。
雨はまだ降り続けている。強まる予感を拭いたくて目指した先は、アイツを初めて見つけた場所。そこに居る確証なんてなかった。ただ本当に、居ても立ってもいられなかったのだ。
気が急いた余りに、そういえば傘すら持ってくるのを忘れたと気が付いた頃。
小柄な体を更に小さくしている背中を見つけた。
「由香?」
『...あんどう、せんぱい...』
「な...っ!?」
コイツはいつからここにいたのだろうか。小さく俺を呼んだその声は、寒さのせいなのか呂律が回っていない。
でもそれよりも目を奪われたのは、振り返った由香の姿。
その姿は、血まみれだった。
「お前、一体どうし...っ!?」
『変われた、きがしたんです』
「はっ?」
『わたしのアリスを、うけいれてくれる人たちがいて。でも...変わってなんかいなかった』
血まみれだったのに動転して気が付かなかったけれど。
由香は赤にまみれたその腕に、小さな何かを抱いているようだった。子猫、だろうか。
ピクリとも動かない姿を見る限り、その子猫は多分...。
『結局わたしはしにがみで、まわりからはこわがられるそんざいでしかない。わたし、またたすけられなかった...ほんとうに変わってない。なにひとつ』
「由香、とりあえず帰るぞ。風邪ひく...」
『ちかづかないで、ください』
大量に出血してしまったのは、きっと子猫なのだろう。
その返り血に染まって雨に打たれる姿は、どう考えても普通じゃない。
いっそあの時みたいに泣き叫んでくれた方が、幾分かマシだった。コイツに涙の跡が見当たらないのは、決して雨のせいなんかじゃない。
全てを諦めた死んだような瞳からは、悲しいという感情が抜け落ちてしまっていたのだから。
『あぁ...。そういえばせんぱいはしりませんでしたね。わたしのアリス。
わたしのアリスは、透視系で...』
「由香!お前、一回落ち着けって...!」
『そのなかでも私、死ぬしゅんかんの未来を見るみたいで...なので、わたしにさわらない方がいいです』
「...!」
さっきの変わっていない云々の自問自答は、そこからきているんだろう。成る程、それは理解した。
けれど。それを何てことないかのように、当然かのように言うのは...。
平然と言ってしまう、その姿は。
『わたしのアリス、いま、ちょっと暴走ぎみみたいで。制御アイテムつけてるのに。効かなくて。さっきからあたまのなかで、このこねこが死ぬしゅんかんが、ぐるぐる、して...』
「そういう、事を...」
『え...』
「何普通の顔して言ってんだ!この!馬鹿野郎が!!」
『いたぁーーーっ!?』
一人で泣き叫んでいたあの時よりも、遥かに痛々しく見えたのだ。
それを目の当たりにして、愕然とした思いは何処へ行ってしまったのか。
色々な感情を通り越して、もはや怒りに変わっていたらしい。気が付いたら、手痛いゲンコツをくらわせてやっていた。
『ちょ...っ、な、なに...っ。イタい、本気で...っ!』
「まぁ、本気で殴ったからな」
『し、シリアスな空気だったはずなのに、なにこの展開...まさかのブレイクとか...っ』
「何馬鹿言ってんだ、馬鹿。とにかくマジで風邪引く前に行くぞ。...その子猫も、このままじゃ可哀想だろ」
そこでようやく、怖いぐらいに無表情だった由香が瞳を歪ませた。悲しいっていう事をやっと認識したのか。それとも過去の何かと重ねて思い出したのか。
何一つ解決はしていないのに、俺はその事実に酷く安心したんだ。
泣きたいであろうこの時に、由香がちゃんと悲しいと思ってくれたことに。