ノックアウトは仕方ない。
「きゃっ」
角でぶつかって尻餅ついて「見た……?」というのはベタだけれども。
流石にパンを咥えて走るのは無理だろう。というか「遅刻遅刻~!」なんて言えるものかこんちくしょう。
大体私は女だよ、そんなシチュに遭遇してたまるか。
――とか、思っていたのだが。
「あ、ごめん。大丈夫?」
「いてて……。だ、大丈夫です」
ぽわん、とした雰囲気を纏いつつ、困ったように眉根を下げる女の子。
(可愛い)
うむ、と頷く。
ある意味心読み君と似たり寄ったりな可愛さだ。心読み君みたいな腹黒さは無いけれど。
まぁ、可愛い。目の保養タイプ。正田さんとは違う可愛さだなぁ……。
「え、えっと、あの」
「――はっ!」
危ない。
脳内での妄想炸裂中だった。ダメダメ、私にはそんな変態癖なんか無いっての!
慌てて取り繕うようにスマイルを浮かべ、その女の子に手を差し伸べる。
「……あぁ、ごめんね!」
「え、えっと……。時宮さん……? ですよ、ね?」
「え?」
おずおずと私の手を取りながら、女の子は立ち上がる。
というか、何故名前を知られているのだろう。あれ、まさか。え、いや。
「えーっと……。もしかして、同じクラスだったりする?」
「し、知らなかったんですかあ!?」
がぁん、とショックを受けたように顔を歪める女の子。
や、やめてくれい! 罪悪感が!
慌ててぶんぶんと手を振り、弁解を開始する。
「えっ、と、いや、違うんだって! えーとね!? ほら、えっと、そのー、私、あんまし名前覚えることがなくってさあ! 駄目だよなーとは思うんだけど! えっと、その、クラスの子もみんな曖昧でさ!」
「うう……。でも、さっきの口ぶりだったら、私のこと見たことも無いみたいな……っ」
うぎゃああ! な、泣かないでっ!! こういう場合ってどうしたらいいんだ!?
キャラが崩壊してしまうぐらいパニクっちゃうって!!
「影薄い……っ!」
「ちちちち、違うよっ! ごめんね! 貴方みたいな可愛い子に気付けなかった私が馬鹿でした! ごめんね本当にごめんね私のポンコツ! 光る原石っ!」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。どうしよう。
「か、可愛くなんてないです……っ!」
(いやめっちゃんこ可愛いし)
だってあれだよ? ほっぺを真っ赤にそめて、若干の背の違いから上目使いで、こう……もじもじっ、と。
(可愛い可愛い可愛い)
愛でたい抱きしめたいぎゅっとしたい!
私がそわそわとしていると、不思議そうな顔をした女の子が、「えーっと」、と赤い頬のまま目を泳がせる。
「じゃ、じゃあ、一応自己紹介とか……。した方がいいですよ……ね?」
「お願いします!」
上目使いノックアウトです!!
敬礼するかのような勢いで頷くと、女の子はほっと息を吐いて。
にっこりと笑った。
(わ、私、早瀬由香です)
(え、えーっと、時宮林檎です)
(よ、よろしくお願いいたします……?)
(可愛い可愛い可愛い可愛い)
(……?)
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