act.19
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*
「あ、いたいた早瀬」
『乃木君?』
「あー」
『...と、陽一君。どうかしたんですか?』
先の一騒動からようやっと解放された後。私こと早瀬は、変に注目を浴びてしまったせいでやたら誰かの視線を感じてしまう事に疲れて逃亡しました。
今はテラスなうです。え、ゴミ集め?何それ美味しいんですか。
「陽一が早瀬の事、探してたんだよ」
『そうなんですか?でも何で...うわっ、なな、何、ですか。陽一君、急に引っ張らないで下さ...っ』
「由香ねーちゃ...」
『...へ!?今、名前...っ』
「ありあと...」
『え?あ、はい?ありあ...??』
急に胸ぐらをつかまれてしまい、一体どんな事を言われたのかと構えていたら。(何せこの子、日向君の弟分と言っても過言ではありませんから)
ありがたいことに、一緒にいた乃木君が今の言葉を通訳してくれました。
「クマのぬいぐるみ、もう見つからないと思ってたみたいだから。お礼を言いたかったんだってさ」
『あ、あぁ...ありがとって事ですか...って、なな、何、ですか?陽一君』
「ぎゅーっ」
『~~っ!』
「...またね」
『...っ』
「え...ちょ、早瀬...?」
陽一君が。やる事なす事が日向君そのまんまのあの子が。
まさかのデレとか。えぇ。デレとか。
胸ぐらつかまれてからの、ハグとか。それってどんなデレ。不意討ちにも程がある。正直、不覚にもキュンときてしまったとか。幼児相手に。
終わってる。私終わってるのか。
『乃木君...。私、陽一君の将来がとても心配だわ...』
「ごめん、今の展開で何でそんな結論に至るのか全く分からない」
『ちょっと不意討ちくらった上に、普段アホとかバカしか言われなかった人に名前で呼ばれたから少なからず動揺してしまったというか...っ』
「何かもう色々通り越して憐れだね...」
全く分からないと言うわりには、真理なお言葉を乃木君からいただきました。
*
「実は俺も探してたんだ。早瀬のこと」
『...え』
「そんなに身構えなくても...。さっきの騒動の真相は、陽一のクマの件がらみだって何となくは分かってるから。別に問い詰めたりはしないよ」
『乃木君の天使...っ』
「ただ、ちょっと話したかっただけというか...」
『あれ天使発言スルー?』
弁解しなくとも察してくれるその優しさに心打たれたかと思った一方で。発言を華麗にスルーされた辺り、本当にあしらわれ方がこなれた感じが致しますよ。この方。
「何て言うか...その。この一年って、何かと色々あったなぁって思うんだけど。早瀬はどう?」
『?はぁ、まぁ...。確かに濃厚にも程があったので、もう来年はこんなの勘弁していただきたい』
「無理じゃないかな」
『新年の抱負を掲げる前に、希望を打ち砕かないでいただきたい』
妙に歯切れの悪い感じがする一方で、スーパードライな所はすかさずと言いましょうか。
今年だけでも数え切れないほどに引っくり返ったと言うのに。来年はもう少し落ち着いた節度ある学生生活を~とか希望的観測を抱いていたら、まさかの無理だと即答されるとか。目から心の汗がうっかり流れ出そうですよ。本当に。
「でも...まぁ。そうやって周りの事に振り回されないと、ここまで話せる仲にはならなかったと思うけどな。由香とは」
『それは...確かにそうかもしれな...ん?』
「......」
『あれ。今、乃木君...名前で...?』
「...由香って鈍感って言われるだろ」
『うぐ。君の幼なじみに確かそんな事を...っ。って、いやいや、そうでなくて...!』
ついさっきまでは名字で呼ばれていたのに、ナチュラルに名前呼びに変わっていたのでうっかりスルーしそうでした。
そのせいでしょうか。乃木君はちょっと拗ねたような顔をしていたのは。気付くのが遅いと言わんばかりに。
確か乃木君は、クラスメイトの呼び名は皆名字だったと思うのですが...。それでも唯一名前で呼ぶのは、
「初めて話した時の第一印象は、変な子だったんだけど」
『え。変な...!?』
「花壇で転んで泣いてたかと思ったら、担任を大罵倒するし...」
『あ、あぁ...あの時か初会話...。初会話が大罵倒...』
「かと思ったら、急に一人で慌て出したり。せわしなくて。話す度に違った顔をするから...楽しくて」
『えーと...それは、誉め言葉として受け取っても...?』
「...想像にお任せする」
『そんな!?』
今の、絶対にからかわれました。クスクスと笑う乃木君は、女子顔負けな程に可愛らしくて。
怒りたいのに、毒気を抜かれてしまいました。
「由香と一緒にいると楽しいんだ。だから、何て言うんだろう?もっと近い感じになれたらって思って」
『何となく、ニュアンスは分かる。物理的な距離感でなく、友達の仲良し度的な...』
「そう、そんな感じ」
『その結論が、名前呼びだと...』
「駄目、かな」
『~~っ!』
コテンと小首をかしげるその姿は、あざとさを感じる程に超絶可愛かったです。いえ、彼にとっては計算してやっている事ではないんでしょうけど。
おい誰だ可愛いは正義とか言い出した奴。その通りだよ馬鹿野郎。
『陽一君と並びに、乃木君の将来が、とても心配と言うか...っ』
「俺、陽一と同列なの...もしかして子供扱いしてる?」
『意味がいまいち分かってないそのピュアさがまた新たな犠牲者を生む...!』
「犠牲!?急に不穏な言葉が出たんだけど、どういう事っ?」
乃木君のスウィートエンジェルスキルで悩殺されるであろう人が新たに続出するであろうって事ですよ。はい。
あまりにも純粋な彼にはみなまでは言えませんが。
「っていうか、返事もらえないんだけど結局どうなんだよ!」
『その聞き方、何だか告白の返事を急かしているかのような...』
「~っ!からかうなよ...っ!大体俺、知ってるんだからな!」
『へ?何を』
「由香は都合が悪くなったりすると、すぐ話を茶化すクセがあるって事」
『え"。何かなその的確な解釈』
「まぁ、心読みの受け売りだけど...」
『あんにゃろ...』
こんな話にまで出てくるとは思っていなかった人の名前を聞いて、うっかり悪態が声に出てしまいました。
口軽すぎでしょ、あんの毒舌少年めが。
「都合が悪くて、嫌?」
『あー...』
「駄目だったら、その、無理には...」
『いやいやいや大丈夫だから本当に大丈夫だから本当に。だからそんな顔しないで』
「え?でも...」
『どうぞどうぞ!名字なり名前なり何なら消し炭なんて呼ぶ方もいるので良かったらそちらも!』
「何かヤケになってない...?」
『いや、うん!いや、だいじょぶ!タブンネ!』
「どっち!?」
名前呼びなんて日向君にしかしない乃木君が、私の名前を呼ぶだなんて。
つい先刻のメデューサと化したあの人が脳裏に浮かびましたけど。それが耳に入った瞬間の展開が頭をよぎりましたけれども。
それでも、雨の日に捨てられた子犬の様な瞳をされたらたまったもんじゃありません。うなづくしか選択肢残されてないじゃないですか...っ!
「じゃぁ、由香も呼んで」
『うん?何を』
「由香も俺の名前、呼んでよ」
『何処がどうなったらそんな展開に!?』
「俺が由香って呼ぶように、由香も俺の事を名前で呼んでほしいから」
『そ、そんなのっ。急に、困...っ』
「俺からの、命令。...ダメ?」
『~~っ!!』
命令とか言っておきながら、上目遣いで大丈夫かどうかを伺わないで貰いたい!
さっきから胸がキュンキュンを通り越えて何かヤバい効果音になりそうで、つまり...そう!
『...死ぬ!』
「えっ、そんなに嫌だった?」
『乃木君が...っ。さっきから乃木君が、犯罪級なのがいけないんだぁぁ!』
「犯罪とか、何も罪を犯した覚えがないんだけど!?」
『ぶっちゃけ、仕草といい発言といい、女子顔負けな程に愛らしいので逮捕されて下さい。正田さん辺りに』
「愛らしいって...」
あ、正田さん辺りって言うのはスルーなんですね、そうですか...。
そう、切り返したかったのですが。急に強い力で両肩をつかまれたので、驚いて言葉がでませんでした。
「あのさ...知ってる?」
『へ...っ、何、を』
「確かに、そんな風に頼りなく見える事もあるかもしれないけど。俺...これでも男だよ?」
『わわ、分かっ、分かってる、ので。ちょっと近すぎるから離れ...っ』
「......」
『の、乃木、君?』
体を背けようとしても、びくともしないその力に動揺しました。ほっそりと見えるのに、何処にそんな力があるんでしょうか。
私の肩をつかまえた手は、向かい合う以外の姿勢を許してくれそうにありません。距離が縮んだせいで、先程よりも乃木君の声がより近くで耳に響いて...さっきまでキュンキュンしていた心臓は、いつの間にか別の音に変わっていました。
「...まぁ、分かってくれたみたいだから。離れてもいいけど...」
『け...けど?』
「由香の口から、俺の名前聞かせて?」
『ど...っ。どっちにしても、私、死にそう...っ!』
「もうこれ以上茶化すなよ?待てないから」
『...っ!』
スイートエンジェルさんが。私の心の天使が。何か小悪魔入ってませんか、これ...?
距離が近いからなんでしょうか。おまけに何か妙な色気みたいなものも感じるせいで、さっきから心臓が過労気味なんですが。はい。どっちにしても死ぬ。それから、逃れる為には。
「由香?」
『~っ!...っ、るっ、るかっ!ぴょん、さん!』
「うん確かに強要させたけどさ。取り敢えずぴょんはとってもらってもいいかな」
空気読めない、壊す、白けさせる。
あの乃木君に滅茶苦茶呆れ顔をされた私こと早瀬は、締める所は何処までも緩みきったまま今年を終えようとしています。
残りあと数週間で、何かとんでも展開なんか起こるものでしょうか。いえいえ。そんな訳ないですよね。きっと。