act.17
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今年初めての雪が降った日の事です。誰からともなく、ペンギーのお別れ会をしようと言い出しました。
ペンギーというのは、今井さんがつくったロボットの事、らしいのですが。
あまり面識がないのが、正直な意見です。
なのでもう会えないだとかお別れだとか、全く実感が沸きません。そんな気持ちで、そのお別れ会に参加していたせいでしょうか。
「...そのゆき兄っていう人とも、会えないままお別れしちゃったの?」
『ご、ごめん...。ペンギーのお別れ会なのに、違う事考えて...』
「ううん。確かに早瀬さんは、ペンギーにはあんまり会ったこと無かったんじゃないかな」
会えないまま別れてしまった悲しさが、いつまの間にかゆき兄と重なってしまっていて。
それを心読み君に見透かされてしまいました。
「ヤンキーだけど先生になるって言ってた人だっけ」
『はい...』
Zの本部から、奇跡的に学園へ戻ってこれた日。心読み君とはこれまで出来なかった、全部という訳じゃないけど...長い話をしました。
その中のひとつに、最近やっと思い出したゆき兄の話もしたのです。
私の中で...とても、大切な存在だったから。
「今まで都合よく忘れちゃってたくせに、だとか。思っちゃ駄目だよ?」
『え』
「そうなっちゃう位の何かがあったんでしょ。きっと」
『心読み君...。私、心の中ですら、そんなにハッキリと考えてる訳じゃないのに。よくそんなに正確に読み取れるね』
「早瀬さんって元々、顔に出やすいから」
私達の少し先では、クラスの人達が輪になるようにして何かを雪で作っていました。
背の丈の半分ぐらいはあるであろうそれは、巨大なペンギンでした。
愛嬌のある何処か憎めないその顔は、何だか誰かを彷彿とさせます。
きっとあれがペンギーというロボットの姿だったのでしょう。
沢山の人達が真剣に雪で作る様子を見ていると、ペンギーがどんな存在だったのかくらいは、分かるような気がしました。
『心読み君...。私...。私、ね』
「分かってるよ」
『え?』
「早瀬さんが、その何かをずっと引きずって苦しんでる事。そんなの、もうとっくに知ってる」
『何でそこまで分かって...』
「あのね、早瀬さん。僕、どれだけ隣で君の事を見てきてると思ってるのさ。
どんな事を抱えてるかまでは知らないけど。無理に今言わなくたっていいんだよ」
『ごめん、なさい...。私、また黙って...』
「それでも、最後は本当のアリスを打ち明けてくれたでしょ?だから信じてるよ。いつか聞かせてくれるって。これでも僕、待つの得意なんだから。知ってるでしょ?」
そうやって、心読み君は茶目っ気のある笑顔でおどけてみせました。
あんまり深刻に考え込まないで。肩の力を抜いて。不思議な事に、心読み君の笑顔にはそんな安心感を与えてくれるのです。
今までそれに、どれ程助けられてきたのでしょうか。私は。
ふと視線を前に戻すと、制作途中だった像はすっかり完成していて。
今井さんが静かにお供え物を添えていました。
もう一度、ペンギーを作らないの?
そんな誰かの問い掛けに、今井さんはなんて答えたのでしょうか。
少し離れた場所にいるので、よく聞こえなかったのですが。
まるでそれが皮切りであったかのように、小さく涙をすする声がいくつか重なりました。
あぁ...本当に、
『もう、二度と会えることはないんですね...』
「そうだね...」
死を別つのは、辛い。
どうしても、もうある筈のない未来を想像してしまうのです。
ペンギーがもしもまだいてくれたのなら、これからどんな学園生活になっていたのでしょうか。
もっと賑やかになっていたのかもしれません。
誰かと似ておっちょこちょいだったと語る声があったので、それに振り回される日もあったのかもと。
...ゆき兄にも。
会いたかった。話を聞いて欲しかった。
あの時のように。破天荒で、いつまでも変わる事のないであろう、元気いっぱいのあの笑顔にまた会いたい。
何故なら今、自分のアリスがたまらなく不安で、以前よりも酷く恐ろしく感じるから。
Zの人に言われた、自分のアリスを今一度よく考えてと言われた言葉の真意は、何なんだろう。
確かに、あの人に...安積柚香さんに触れたあの時。いつもよりも強力にアリスが発動したようだったけれど。
よくよく思い返してみれば、読み取ったのは死に関する事象だけでは無かったような気がする。
何だろう...私のアリスは、本当は、もっと、
「大丈夫だよ。早瀬さん」
『え?』
「生きてれば後悔とか不安とか恐くてたまらない事だって。次から次へと沢山押し寄せてくるけどさ。
それで大丈夫じゃなくなる時も、これからあるかもしれないけど。
誰かに...少なくとも、僕は助けを求めてくれれば絶対に応えるよ。だから大丈夫じゃなくても大丈夫なの」
『はは...変な言葉だね。でも...うん。ちゃんと、分かるよ。言わんとしてること』
「だからあんまり生き急ぐみたいに考え込まなくてもいいんじゃないかな。
ちゃんと前に進めてるんだから」
『そう、かな。同じ事でぐるぐる悩んでばっかな気が...』
「アリスの制御」
『...あ』
「それが出来たのは、結構大きいんじゃない?制御がうんぬんって、精神面が大きく関わるらしいから。
ちゃんと成長してるじゃん。怖いものがあったってさ」
だから大丈夫ともう一度言ってくれたその言葉が、本当に暖かいと思いました。
かじかんでいた手のひらも気が付いたらポカポカしてました。
いつの間にか、心読み君が私の手をぎゅっとしてくれていたようです。
『それも、手向けになるのかな』
「うん?」
『少しずつでも変わっていって生きていく姿は。今はもう、会えない人達への...』
「きっとそうだよ」
『...っ』
「だからって悲しくない訳じゃないんだから。泣くの、我慢しなくたっていいと思うな。ワザとこらえてると、顔が余計に酷いことになるよ」
『心読み君、一言余計...っ』
生まれ持ってしまった私のアリス。その影響が強くて、私は誰かの死を読み取る度にいつも自責の念にかられていました。
けれど心から信頼できる人が出来て。そして少し成長することが出来て初めて気が付きました。
私は今まで出遭った死を悼んでいなかったのです。
自分のアリスに対する負い目は簡単に消えるものではなくて、私にそんな事をする資格なんてないのかもしれない。でも。
しんしんと静かに降り積もっていく初雪の中、私は初めて逝ってしまった人達を想って涙しました。