act.16
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*
『うわあーっ、すごい...っ。すごいねぇ、ゆき兄!白いお花のお花畑っ』
「だろ~?でも見るだけじゃねぇんだぜ、この花畑。ほらよ!」
『むぎゅっ!?...あまぁい!いちごだぁ!』
「そっかウマいか!いや~前々からこの道で飛ばしててそうなんじゃねーかなーとは思ってたんだよな~っ」
『...?ここってゆき兄のおうちじゃないの?』
「は?んな訳ねーじゃん!」
『...かってにたべちゃっていいの?』
「はははっ!そんなの駄目に決まってんだろー!」
『えぇぇっ!?』
「っつー訳で、逃げるぞ!」
『うひゃぁ!?きゃはははっ!』
自分のアリスが発覚してからは、いつも後ろめたかった。両親の顔色を伺う日々をずっと過ごしてきた、けど。
ゆき兄に会った時は、そんな嫌な事を全部忘れられた。
泣いてる私を見かねたのか、近くにあった苺のビニールハウスに忍び込んで苺を食べさせてくれたのは嬉しかったなぁ。
ゆき兄にとっては、泣いてる子供にお菓子を与えるような感覚だったのかもしれないけど。
あの時の景色が、話してくれた言葉一つひとつ、ゆき兄がくれた全部が私の暗い気持ちを明るくしてくれたんだよ。
こんな私でも受け入れてくれる人がいるんだって思えたから。頑張ろうって、前を向こうと努力した。
いつの間に忘れてしまったんだろう...?しかも、ゆき兄の存在ごとだなんて。
...。
...あぁ。そうか。その後にあの事があったんだ。私は...。
*
『...ここ、は...』
「気が付いたかい?」
『...?』
「僕が誰だか分かる?」
『...櫻野、先輩...』
酷く懐かしい夢を見ました。涙が出る程に幸せで、優しかった思い出。
...目覚める事が出来て本当に良かった。その先の出来事は、思い出すことすらおぞましいから。
でも、だからこそゆき兄の事まで今まで忘れていたわけで。全ては自分を守る為に。
良い夢を見た筈なのに、そのせいで胸は罪悪感で酷く痛みました...。
「はぁ...」
『...?櫻野先輩、どうし...』
「Zに拉致された生徒が勝手に学園に戻って来たとか...一体どう説明すればいいんだろう?ねえ?」
『...はい?』
「今現在見聞きしてる事は全部、僕が知るには到底至らない出来事...つまり知るかの一言で済む筈だよね、きっと」
『え...と...』
何かなこの絶対零度スマイル。
それこそ急展開過ぎるんですけど...。え、何ですかこの櫻野先輩本当に本物ですかね?腹の中身のぞいたら多分真っ黒なんじゃないですか。この目の前にいる人。
日向君とはまた別の意味で怖すぎるんですけど...っ。
変な汗と共に、目からもうっかり汗が流れそうです。
え、異様なオーラで怒ってるの私のせいなんですか...!?
「櫻野...何やってるんだ。子供相手に大人げない」
「あれ。今井。いたの」
「お前それわざとだろう...」
呆れたようにため息を吐いた主は、今井昴先輩。顔馴染み...とまではいかないけれど、見知った顔。
徐々に覚醒してきた頭で辺りを見回すと、本棚や書類が並ぶ学習室のような部屋。
このツートップの方々が揃っている所を見ると...生徒会室とか、だったりするんでしょうか?
いや何でいきなりこんな所に居るんだよとか、疑問は尽きないけれども。
『私...戻って来れたんですか?学園に...』
「そうだよ。君が無事に戻って来れて良かった」
そう言って手を差し伸べて私を起こすのを手伝ってくれた生徒会長様は、先程の黒いオーラが嘘のよう。
つまりあの腹黒発言はブラックジョークだったと捉えてもいいんですよね、きっと。良かった。
事後処理が面倒だという呟きが耳に届いたとか。
幻聴に決まってる。
「待て、安藤。傷の手当てがまだ...!」
「お前由香か!?」
『うびゃぁ!?ぁあ、安藤先輩...っ!?えぇぇちょっとどうしたんですか、怪我して、』
「馬鹿野郎!!」
『ぐぇっ!?ちょっ、せんぱ、苦し...っ』
「Zに拐われたって聞いてどれだけ心配したかお前分かってんのか!?何で一人でふらふら外ほっつき歩いてたんだよ!俺は...っ!」
後の言葉が続かない代わりに、安藤先輩にきつく抱きすくめられてしまいました。
息が止まる程に、強く。
その姿はボロボロで、所々赤く血で染まっています。
怪我の治療をしていたであろう今井先輩を振り払ったその腕は、微かに震えていました。
それを見た私の胸は、何故かとても痛んだんです。安藤先輩の方が、何倍も痛い筈なのに。
誘拐されてもう学園には戻れないと思った時、辛いと感じたけれど。
その事実を突き付けられた人達も同じなのではないかと。初めて相手の気持ちを推し測るに至ったと思います。
相手も同じ気持ちでいてくれていると...。
私は安藤先輩の背中に、そっと手を回して...
『ろ、ロー、プ...っ』
「安藤...。気持ちは分からなくもないが、そろそろ離してやれ。さもないと止まるぞ。その他もろもろが」
「うをっ!?悪い!おーい由香!大丈夫かー!?」
「軽く酸欠になっている状態で揺さぶるな...」
そのやり取り、はた目からはちょっとした漫才やっているように聞こえるんですけど。
目が回ってしまっている私には突っ込む余裕がありません。
というか、このカオス展開誰か止めてくれそうもない事実に絶望なんですが...!
えぇ。そんな心配事は見事に的中して、落ち着くまでに暫くの時間を要しました...。
*
「ふーん?お前がZに誘拐されかけたお姫さんねぇ~」
『は、はぁ...。あの...?』
「あぁ。そういえばお前とは初めましてだったな。俺は特力系代表の殿内明だ。仲良くしようぜ?特に5年後辺り」
『えぇと...早瀬由香です...。...?』
「お、何?俺の事が気になっちゃう感じ?」
「ばーか、殿の事を警戒してるに決まってんじゃねーか」
「んだと、翼ぁ。怪我してる時ぐらい大人しくしてろっての!」
「いてぇっ!」
今度はこのコンビで漫才ですか...。
じゃなくて。
佐倉さんを始めとする初等部組は、まだ目が覚めそうにないので。とりあえず今井先輩が治療をしながら、意識が戻るのを待つ事になりました。
そんな中、生徒会室に同じく待機していたらしい殿内明先輩という人と自己紹介タイムになった訳なのですが。
この人、どうにも初対面ではないような気がします。
特力系の総代表らしいので、顔ぐらい知っているだろうと言われてしまえば確かにそれまでなのですが。
もっと違う場所で見掛けた事があるような...?うーん...。
「ん?由香。足下に何か落ちてるぞ」
『へ?何処ですか?実は部屋が薄暗いせいでよく見えな...ごごごめんなさいごめんなさい。そうですよねこんな夜中に部屋を明るくなんてしたら、普通に怪しまれますよね分かってます。猿ですらそんな空気読むのは朝飯前ですよねぇ安藤先輩。ははははは』
「由香...お前どうした。実は頭でもぶつけたのか?」
「...櫻野。その意味深な笑顔を何とかしろ。怖がってるぞ」
「やだなぁ今井。少しばかりあの子は巡りが悪いのかな?って頭をよぎっただけであって。うん。誤解だよ」
何処がだよ。
何も間違って無いじゃないですか!
そう、主張したかったけれど。あまり絶対零度スマイルを降臨させると、ダイヤモンドダストでも吹雪くのではと本気で思ったので言えませんでした...。
(いえ、そもそも私の性格上突っ込める筈が無いんですが)
独りで恐怖に打ちひしがれている間に、安藤先輩が私の足下に落ちていた何かを拾い上げてくれたようです。
「これ、ネックレスか?さっき揺さぶった弾みで落ちちまったのかも知れねーな。悪かっ...」
『どうかしましたか?安藤先輩』
「この...ナスビ型のネックレスって」
『......あ』
色こそは何故か無色透明な状態になっているけれども。このまごうことなきナスの形のネックレス。
確かミュージカルが終わった後に遭遇した、センスが残念なイケメンヤンキーに押し付けられて。その後、ぞんざいに制服のポケットに突っ込んでそのままだったような...。
『(うわぁぁぁぁ今やっと激しく思い出したぁぁぁ!!その時に会ったのって、間違いなく今この部屋にいる殿内先輩じゃないですか!?そりゃぁ見覚えあるに決まってますよねぇぇぇ!)』
「これ...殿が作るアリスストーンにすげー似てる気がする...」
「んー?どれどれ?」
『うわぁ!?ちっ、ちがっ!違うんです!こここ、これはっ!単に私がナス好きなだけであって!』
「......」
『ななな、何デスカ殿内先輩...っ!そ、そそんなに私を見つめても何も分かるような事は...っっ』
「...あーっ!」
『ひっ!?』
「どっかで見た事あるガキだなーと思ってたんだよなー。お前、あれだろ。
...結婚式から逃げ出した花嫁」
『~~~っ!!』
「お前らさっきから何訳分かんない会話して...って、おい由香!?何遠い目してんだよ!戻ってこーい!」
安藤先輩にまたしても揺さぶられてる感覚がしたのですが。
無理です現実を直視出来ないから戻って来れません。遠くを見つめて現実逃避の一つや二つさせて下さい。
あぁ。でもちょっとだけいいですか。
拝啓鳴海先生。
バレる訳ないと笑い飛ばして豪語していた居眠り姫の正体を見破ってしまった方がここに一人出現致しました...。
そして今の心情を一言だけいいですか?
詰んだ。