act.14
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『...うぷ、』
場所は変わりまして、ここは独りになるための何処かの小さな小道。
あれから飛田君と踊ってしばらく過ごしたのはいいものの。私こと早瀬は、見事に人酔いしました。
(鳴海先生に何か聞かれたら、僕が言っておくから。由香ちゃんは先に帰って休んで。
ダンス、無理強いしちゃったみたいでごめんね。でも嬉しかったよ。一緒に踊ってくれてありがとう)
そう飛田君が言ってくれたのは、つい先程の事。
最近優しさというものに飢えている私こと早瀬は思いました。
あの慈悲深さと言ったらもう、天使通り越して最早神の域だわ。
いや、それとも仏様と例えるべきなのか...。
あれですか。まさか現世にバカンスに来た第三の神様ってやつですか?弟子入りして一生ついていきま...
『...う、』
...なんて。ふざけた事を考えていたバチが当たったんでしょうか。
吐き気が唐突に猛烈なピークを迎えてしまいました。
どうせ帰っても休むだけですから、ここ辺りで小休憩することにしましょうか。落ち着くまで。
アリス制御装置で、自分のアリスを押さえ込んではいるものの。
それでもああいった人混みは...読み取る対象が多い場所は、気疲れしてしまってどうにも駄目です。何より怖いし。
それが逃げだって、分かってます。分かってるけど。
いつまでそうやって、色んな事から目を背けるつもりなんでしょうか。
友達だって言ってくれた心読み君にだって、私は...
『「はぁ...」』
『「...」』
『「ん?」』
ため息を吐くタイミングやらその後の間やら。何もかもが同じだったので、分かりにくかったのですが。
明らかに誰かの声と重なりましたよね。今。
何気なく視線をさ迷わせると、そこには。
今出くわしたくない人、ナンバーワンの方がいらっしゃいました。
『み、岬、先生...』
「...早瀬」
『「......」』
お互いに名前を呼びあった後は、再び沈黙。その空気は気まずいに決まっています。重苦しい。
何せこの前あんな事をしてしまったのですから。あんな事って。えぇ。勿論先日のミュージカル後の楽屋での事ですよ。
バッタリ出会ってしまったらこうなるってわかっていたから、そうならないように細心の注意を払っていた、のに。
いい加減、腹をくくりましょうか。早瀬由香。いざ、覚悟を決めて...
「あの、だな...早瀬。この前は、」
『すみませんでした!』
「...は?」
『あの時いっぱいいっぱいだったとはいえっ。よりによって、教師を思い切り蹴っ飛ばすとか...っ!』
「いや...あれはある種、真っ当な反応だと、」
『いやっ。でもっ、だって!成人並の体型で、あれだけ手加減なしにやっちゃったんですよ私!?いくらなんでも無傷では...』
「まぁ、かなり...。いや。軽く内出血は出来てはいるが」
『...ごっ』
「ご?」
『ごめんなさぁああぁぁいぃぃーっ!切腹ものです、腹切ってお詫び致しますぅうう!!』
「と、とりあえずだなっ、早瀬っ。その恐ろしいほどまでに綺麗な土下座を直して顔を上げてくれないか!
頼むから!
」
岬先生の説得の声は切羽詰まるものが伝わる程に、それはそれは必死なものでした。
お互いに後夜祭の正装姿をしている中、初等部生徒に土下座させている(いや、自主的なんだけれども)教師。
これ、もし第三者に目撃でもされたら実にシュールな光景だなぁと思ったら少し笑えてきました。
そんなよそ事を考えながらも、私の頭は相当テンパっておりまして。興奮状態は今だ収まらない現状であります。
岬先生にもそれが伝染しつつあり、あ、やばいこれカオスだわと感じはじめた頃です。
ガサッ!
『「...!」』
茂みが揺れる音が耳に届いて、固まってしまいました。えぇ。またしても二人して、です。
先程笑える云々言いましたが、真面目に考えると非常に笑えません。
茂みを揺らした主が、一体何処から私達の話を聞いていたのかと思うと尚更。
思わず固唾を飲み込むと、奥から出てきたのは意外な主でした。
「ニャーォ」
「猫...か?」
『猫さん...ですね』
『「......」』
「...とりあえず、だな。早瀬」
『...はい』
第三者(猫)の登場で、一気に頭が冷えました。ちょっと一旦、落ち着かなければ。うん。
そう言い聞かせていたら、不意に頭が大きな手のひらに包まれた感触が。...うん?
その手は、何処か遠慮がちにポンポンと撫でるように頭を叩きました。
「もっと、自分を大切にしろ」
『へ...っ?』
「早瀬は女子なんだから、尚更だ。いくら相手が悪かったとはいえ、自分の事を軽く扱いすぎだぞ。俺には相手が誰でもいいように聞こえて...。...」
『...な、なん、ですか?』
「...いや。悲しいと思った」
『ご、ごめん、なさい?』
「何で疑問系なんだ...。とにかく、そういう事は大事にしてくれ。頼むから。...俺が楽屋で言いたかった事は、それだけだ」
ポンポンとまた頭を撫でられているのをよそにして、私は別の事に思考を飛ばしていました。
あれは確か、アリス祭本番が迫ってきていた準備期間の事。すっかり暗くなった中、乃木君と一緒に寮まで帰った時...。
(早瀬は、俺のことをちゃんと男として見てくれてるって分かったからさ)
あの時。どうしようもなく胸が高鳴ってしまった理由が、分かった気がします。
だってそれは異性として見ているというのと、同義語じゃないですか。
異性として意識...とは、また少し違う意味なのかもしれませんが。似たようなものだと思います。
勿論、岬先生がそのつもりで言ったんじゃないのは分かってます。
きっと教師として、大人としての立場から言ったくれたのであろう事は分かってる、つもりなんですけど...。
私も後夜祭の雰囲気に流されてしまったんでしょうか。
女の子だからと言って心配してくれた言葉に、ドキドキしてしまって。
頭では分かっているのに、自意識過剰が止まりません。甚だしいのにも程があります。
これ暴走しちゃったらどうしようと心配をしていたら、遠くの方から歓声が聞こえてきました。
それから間もなくして耳に届いたのは、演奏の音色。
な、何だったんでしょうか、今の...。微妙に笑い声も混じってた気がするんですけど。
「ラストダンスが始まったみたいだな」
『ラストダンス...ですか』
「さっきの歓声は、今年の新人賞に選ばれた生徒がラストダンスの相手を指名したんだろうな」
『確か今年は今井さん、でしたっけ』
あぁ。さっきの歓声に混じってた笑い声。妙に納得した気がします。
彼女...今井さんなら。ラストダンスというムードがありそうな雰囲気を、見事ブレイクした相手を選んだんでしょうね。
そして今頃は、佐倉さん辺りが喜んでお相手を務めているのだと思います。きっと。
「...早瀬」
『はい?』
「楽屋で迷惑を掛けた罪滅ぼしにもならないとは思うが...良かったら、踊らないか?一緒に」
『え...っ』
「あ...っ。いやっ、その!別に他意はない!ただせめてもの罪滅ぼしと思ってだなっ。ラストダンスのタイミングで誘うのは、全くの偶然...!」
『何か意味があるんですか?ラストダンスって』
「え」
あれ、岬先生固まっちゃいましたよ。
どうやら私という奴は、本当に後夜祭の流れというものを知らな過ぎのようですね。
実際に参加していた時間は少なかったけれど、痛感しました。えぇ。かなり。
むしろ目の前で固まってしまった人のおかげで、現在進行形です。
ふむ。なら来年という時のために、今から慣れるというのも悪くはありませんね。...約束も、しましたから。
『じゃぁ...折角なので』
「い、いいのか?」
『はい。えーと。じゃぁ、喜んで?...って、ダンスに誘われてた人が言ってたんですけど。合ってますか?』
「...もしかして早瀬、後夜祭は初めてなのか」
『うぐ』
あぁ、道理で...。みたいな苦笑いは止めていただけませんか、岬先生!
まごうことなく、事実ですがね!
そんなムードの欠片も無い中。私達は林の小道で、二人きりのラストダンスを踊ったのでした。
今思えば、その時脳内に占めていたのも、ロマンを感じられない酷いものでしたね。
それはズバリ、足を踏んづける回数を出来るだけ減らさなければ。です。
それはもう、とても必死でした。だから気付かなかったのです。
茂みの奥から、黒猫と称された赤い眼がその様子をずっと見ていたことなんて。