act.14
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「早瀬さん!後夜祭来てくれたんだね!」
『と、飛田君...』
すみません間違えました。
マイナスイオンがにじみ出ている飛田君がやって来ました。でした。
正直どちらでも変わらない気もしますけどね。
というか、後夜祭に顔出しただけなのに。一体何なんですか、私さっきから軽く珍獣扱いされてやしませんか。
後夜祭とはいえ、無断欠席はやっぱり目立つものだったんでしょうか。不覚。
「来てくれて凄く嬉しいよ!約束したもんねっ」
『は?約束?』
「うん。後夜祭に来れたら、一番に僕と踊ってくれるって約束」
ブルータス、お前もか。
また間違えました。飛田君、よりによってあなたもですか...!
彼なら何とかしてくれるだろうと希望を抱いていた分、胸中は絶望でいっぱいになりかけていた時です。
今だ持ち上げ君に引っ張られて痛む腕を、飛田君がやんわりと押し退けてくれました。そして目配せ。何か訴えられている気がします。視線だけで。
これは...絶望は、まだ早いですか?希望、見ちゃっていいですかっ?
『そういえば、飛田君...。確か、お化け屋敷でそんなような事を言ってましたね?』
「!そうっ。えへへ、覚えててくれたんだ」
「何だよ...踊る相手がいるならそう言えよな」
「委員長が相手なら安心だよねー」
「...どういう意味だよ。心読み」
「べっつに~?」
持ち上げ君と、心読み君。この二人は一体何なんでしょう。
さっきからやけに険悪じゃないですか?
今も何だかいがみ合ってはいますが、先程と比べると幾分かはマシです。
これが飛田君の持つ、マイナスイオン効果なのでしょう。ふざけてません。大真面目です。
何はともあれ。
私こと早瀬は、飛田君に手を引かれてその場を脱出することに成功出来たのです。
*
「由香ちゃん、困ってたみたいだったから...。余計なお世話だったかな?」
『いえ!本当に本当に助かりました...っ』
思わず力を入れてお礼を言えば、飛田君はいつもの癒し笑顔でなら良かったと言って下さいました。今なら後光が見える気がする。
やはり彼は、ただ仲裁に入りに来てくれただけのようです。
現にダンスの輪には、近づいてすらいません。人混みを避けた場所に連れてきてくれた上に、飲み物まで持ってきてくれました。
空気が読めて気も利くのに、修羅場の新たなる参戦者だとか思ってさーせん。
「由香ちゃん」
『はい?』
「ありがとね。後夜祭に来てくれて。今年はいつにも増して忙しそうだったから、無理かなって思ってたんだ」
『そ、そんなに目立ってましたかね...。後夜祭に出ないのって』
「そんな事ないと思うよ。...僕が勝手に気になっちゃっただけで」
『え?』
「あ、ううん。由香ちゃんのドレス姿、初めて見たけどよく似合ってるよ!髪型も凄く可愛いしっ」
言葉の真意が分からず、疑問符を投げ掛けてみたんですが。
何だか誤魔化された気がします。どういう意味だったんでしょう。
それでも飛田君が誉めてくれるのは、悪い気がしませんね。悪意のカケラすら感じませんから。
こんな可愛らしいドレス、似合いやしないと思いましたけど。彼がそういうなら、少しくらいは似合ってる気がしてきました。
『こちらこそ、ありがとうです。飛田君』
「ううん。由香ちゃんはこの後どうする?このままここで一緒にお話でもしてようか?」
『うーん。そうですね...』
ふと頭をよぎったのは、お化け屋敷での飛田君との会話。
何を言いたかったのか、結局分からずじまいだったのですが。
後夜祭の時...と、はっきり言っていましたよね。
このお祭りでやる事といえば一つだけ。切り出そうとしたのは、少し遠目から眺めているアレだったんじゃないでしょうか。
『折角だから、踊りますか?一緒に』
「うん、そうだね。じゃぁこのままここで...って。え!?踊るって...!」
『自意識過剰でなければ、お化け屋敷で飛田君が言おうとしていたのはこの事だったんですよね?』
「う、うん...バレちゃってたんだね。確かに一緒に踊れたら嬉しいけど...。それが嫌だから、後夜祭に出なかったっていうのもあるよね?多分」
『確かにこういう行事は気後れして苦手ですけど...。でも今は、飛田君と一緒ですし』
「え...っ」
『さっき困ってる所を助けてくれましたし。せめてものお礼と思って』
「あっ、お礼かぁ。そっか、そうだよねっ。あはは...」
『......?』
何度も言ってくどいようですが、私は後夜祭が好きではありません。うまく表現出来ないのですが。
このふわふわした、浮かれたような空気が何ともむずがゆいのです。しかもそれは、次から次へと伝染していくようですね。
現に、今の飛田君は稀に見ぬ挙動不審っぷりです。どこかそわそわして、落ち着きがないと言いましょうか。
結局、踊るんでしょうか踊らないんですかね?
どーするんだろうなーと、キョドってる飛田君を眺めていたら。不意にダンスの音楽が止まりました。
『...あれ。ダンスってもう終わりですか?』
「ううん。多分曲が変わるんじゃないかな」
『あぁ...。本当ですね。今度は随分ゆったりした曲になりましたね』
「...由香ちゃん」
『はい?』
「えっと...。その。ぼ、僕と、踊ってくれますかっ?」
『?はい』
元々そういう話をしていたのに。やけに改まって、何を言っているんでしょうか。
そして何故か手を差し出されました。意味が分からず小首を傾げていたら、飛田君は苦笑い。
む、いくら後夜祭出た事ないとはいえ、流れというものを知らな過ぎですか。私。
「...手」
『はい?』
「手、出して」
『こうですか?』
言われた通りにしてみれば、ぎこちなくつかみとられました。そしてそのまま人混みの輪へ。
その足取りはゆっくりしたものです。それこそ、まるで舞踏会で王子様がお姫様にするようなエスコートっぷりです。
もしかして、このドレスのせいで地味に歩きづらいのを知っての事でしょうか。
歩幅を合わせてくれているような気がします。
本当に、いちいち気を遣える方です。
だからこそ皆から委員長と慕われ、頼られるのでしょうね。
「...由香ちゃん」
『はい』
「来年か、再来年になるのか分からないけど。もし由香ちゃんが後夜祭にくる年があったら。その時は、一番最初に踊るのは僕だったら嬉しいな。...駄目、かな」
『別に駄目じゃないですよ?』
「本当に?嬉しいな!...ラストダンスは、無理だと思うからさ」
『ラストダンス?』
「あ、ううん!何でもないよ!」
そんなことで顔を赤らめてまで喜んでくれるのなら、授業でやっていたダンスの練習を真面目にやるべきでしたかね。
不真面目もいい所だったので、これから何度も足を踏んでしまうと思われます。
それでも幸せそうな飛田君を見ていたら、後悔と罪悪感が。
来年はもう少し真面目にやろうかなぁ。そう思いました。
...このアリス学園で。来年も再来年も一緒にいられる保証なんて、何処にもありません。各々のアリスの寿命はそれぞれなのですから。
それでも一緒に過ごそうと。それが当たり前であるかのように言ってのけた飛田君の言葉は、嬉しく感じました。
約束したからには、守りたいです。...本当に。
居心地が良いと感じはじめているこの学園に、ずっとずっと。居られたらいい。
...私に帰る場所なんて、ないんだから。