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佐伯くんと手錠*

あ、見て。
百円ショップの中を歩きながら、わたしは佐伯の腕をひいた。
「手錠だって」
おもちゃ売り場に吊るされた、簡易な手錠。
金属製で、なかなかよく出来ている。
「すごいね」
「買ってみる?」
え?
佐伯のほうを見ると、その目は笑っていなかった。


「やっぱりだめ」
わたしは、ふたたび佐伯の腕をひく。
休日の街には人通りが多く、あたりを気にして小声で話した。
「ばれちゃうよ」
わたしの左手には、手錠。その鎖の先は、隣を歩く佐伯の右手首に繋がれている。
「佐伯、」
「長袖だし大丈夫だよ」
佐伯はにこりとすると、貸して。とわたしの手をとり自分の服のポケットに入れた。
「こうすれば分からない」
さっきよりも近い距離で、彼は機嫌よくわたしの顔をながめ微笑んでみせた。

公園まで来たとき、わたしはまた小声で尋ねた。
「さえき」
「どうしたの?」
「……トイレ行ってもいい?」
「ああ」
佐伯は、どこからか手錠の鍵をとりだすと、案外何も言わずに手錠をわたしの手から外してくれた。
「行ってらっしゃい」
やっぱり、たわむれというか、手錠そのものにあまり深い意味はなかったのだろうか。
手洗いを済ませて外に出ると、佐伯はひとりでベンチのそばに立っていた。
「おかえり。行こうか」
彼は、ふたたびわたしに手錠をかけようとはしない。だが、先程のように手を繋ぐこともこのときはなかった。


「あの、すみません」
街を歩いていると、佐伯が声をかけられた。声の主はきれいな女性。
「はい。何ですか?」
わたしは相手に認知されているのかいないのか、よくわからず佐伯の少し後ろで足を止める。
「今日、友達に頼まれて買い物することになってるんですけど、道がわからなくて……」

あ。
(だめ)

「どこまで?」
佐伯は普段通りの声で、女性に応える。
「駅前のお店って聞いてるんですけど、友達急に都合が悪くなって来れなくなっちゃって──わからないから、誰かに案内してほしくて…」

佐伯がこうして声をかけられるのは珍しくなかった。わたしもよくわかっていた。
そして佐伯に声をかける人の目的は大体が口実で、本当の狙いは彼自身ということも、わかっているけど──

「ああ。確かに分かりづらいですね」
「もしよかったら、教えてくれませんか?」

「佐伯」
わたしは咄嗟に口をはさんでいた。
佐伯と、女性の視線がこちらに向けられる。
佐伯は何も言わない。
わたしは、彼の近くへ寄り、女性に聞こえないようにそっと声に出した。
「……だめ」
「なにが?」
「……」
天使のような純粋な顔で、わたしのことを試しているのがわかる。
意地悪だ。
「て……」
口にするのはとても、恥ずかしかった。
「…………手錠して」
「……いいよ」
かしゃん、と、鎖の鳴る音がわたしだけに聞こえた。

「すみません、力になりたいんですが次のバスに乗らないといけなくて」
佐伯は笑顔で謝罪をすると、さっとわたしの手を引き、その場を去った。


わたしは彼の部屋にいた。
かしゃん。
もう何度目かの、鎖が絡まっては伸びていく音。手錠にとらえられたままのわたしの手首は、擦りきれてじんじんとした痛みを伴っている。
「や、」
彼の腕が動くと、鎖で繋がれたわたしの手も、自由がきかなくなる。そうしてあらわになったところに、彼の舌が落とされ──
「あっ」
鎖の音。ベッドがきしむ音。抑えたいのにこぼれてしまう自分の声。
「ねえ、何で手錠をかけられたいと思った?」
佐伯が、わたしの足を掴んで尋ねた。腕を引かれながら、わたしはその顔を見る。
「そ、れは……だって」
「ちゃんと答えて」
佐伯がわたしの中に入ってくる。答えたいのに、手も身体もすべて動かされてうまく話せない。
「聞かせて」
「だっ、て。佐伯、がどこかに行っちゃう、気がしたから……」
「ふふ」
笑っている。とても、満足そうに。
「さ、えき」
身体の奥がしびれるのを感じながら、わたしは口を動かした。
「どこにもいっちゃだめ」
「……行かないよ」
佐伯が、優しくキスを落とした。
わたしと同じくらい赤くなった、その右手がいとしい。

「ちゃんと繋いでおかなくちゃ、俺のこと」

佐伯くんと手錠



(フリーにしないでね)


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*佐伯くんはやばいと思うんだ。
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