A tesoro mio
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しんと静まり返った第一医務室。
表に掛けてあった外出用の札を外し中に入る。
札には“用のある方は入ってすぐ右の電話を内線番号118まで”と表記されており、コールするとルイの持ち歩く専用の端末に繋がるという仕組み。この端末はルイがボンゴレ本部から出る際は普段は一般構成員として活動している医療チームの誰かに預ける手順になっている。いつでも仕事がある訳では無いので彼らが医療従事者と化すのは基本的に有事の際のみという形態を採っているのだ。
消灯していた電気を点けたルイは眠そうな雲雀を患者用の丸椅子に促した。
「腕見せて下さい」
雲雀は欠伸を噛み殺しながら素直にブラックスーツのジャケットを脱ぎシャツの袖をたくし上げる。適当に巻いておいた包帯を外すとルイの顔は見事に強ばった。ジュクジュクと膿み腫れ上がった二の腕。
「雲雀さん…でしたっけ。雲雀恭弥さん?このカルテの人で間違いない?」
「うん」
分厚いカルテの索引から探し出した雲雀の欄を指す真白い手、指先。ぼんやりそれを眺めながら何気なく問うてみる。
「Dr.ルイだったね。君はアルビノ?」
その時僅かに彼女の動きが滞ったのを見て、避けた方が良い話題だったのだと知る。しかし彼女はすぐにそうですよと頷いた。
「アルビノなんて良くご存知でしたね。検温お願いします。それと詳細聞かせて下さい」
「うん」
傷を負った日時と状況、獲物の種類、その後のケアの方法から現在の体調等々。幾つかの問診を受けながら自分には理解出来ない文字─これは独語だろうか─でさらさらとカルテに記入して行くルイの俯き顔を見つめる。
綺麗な女。彼女に持った第一印象だ。異様な肌の白さと繊細な顔立ち。息をするのも忘れ、というのは正にあの様な瞬間を指すのだろう。
彼女に関してリボーンらとの会話から概ねの経緯と人間模様、その性分までも何となくは読み取れたが…穏やかな雰囲気を出しておいてえらく気が強いらしい。そして読心術の達人であるあのリボーンと真正面からぶつかりながら心を読ませぬ狡猾さも。まぁこのような世界に居ながら根っから純粋なのなど多分何処ぞの小動物くらいのものだろうが。
ピピピ、体温計のアラームが鳴り、示された体温は38.4℃。発熱していたとは思わなかった。怠い訳だ。
帰国より数日前、路地裏から突如放たれた薬物中毒者の凶弾から小さな子供を庇って掠めた銃創。クロームが手当てをしてくれたけれどもやはり素人治療、日増しに状態は悪くなってしまった。ほんの擦り傷と軽視したのが失敗だったと思う。
「さて。では麻酔かけて切開させて貰います。それに抗菌薬点滴」
「うん」
「最短でも一週間入院して貰いますよ」
「嫌だ」
即座に答えると大きな目がじっと見つめて来た。だが何と言われようと二ヶ月ぶりの休みを入院生活などで棒に振りたくは無い。やりたい事は山の様にあるのだから。
言い合いになるのは億劫なので大概の者は怖気付くと自覚のある鋭い目で見つめ返す。入院はせずとも治療の仕様はあるだろう?そんな意志を込めて。
「ばい菌入って大変な事になるかも」
「治療は受けるよ。入院はしない」
「どうしても?」
「どうしてもだよ」
ああ眠い、口論など避けてさっさと治療してはくれまいか。見つめ合う事数秒。
「OK、私が毎日お部屋まで通います。ただ安静は厳守ですよ」
案外簡単に折れてくれた。しかしその目には厄介な患者へ存在する筈の呆れも苛立ちも含まれては居ないように見える。成程、彼女は柔の人間なのだ。押し付けず立ち塞がらずあくまでも自発的な受容だけを望む、そこから伺えるのは相手の自由意思を尊重する姿勢。
「……」
相手の出方次第で感情は変わるもの。何だか急にどうでも良くなってしまったので、おざなりでは有るが了承の答えを返す。
「分かったよ。最短の一週間で治してね」
どれ程経ったのか。差し込む西陽に意識が浮上すると、窓際の日当たりの良いベッドに寝かされていた。
左腕には点滴、指先には生体情報モニタが取り付けられており非常に身動きが取り辛い。こんな生活が一週間続くと思うと自然溜息が漏れた。
「起きました?調子は?」
覚醒に気付いたルイがカーテンを開き入って来る。
「別に普通」
「そう、良かった。解熱するまでは横になってて下さいね。後は傷に響かない範囲で自由に過ごして頂いて結構なので」
「チューブだらけにしといて自由にだって?」
「二本ですよ!解熱したら一本は取ってあげます」
クスクス可笑しそうに応えながら丁度空になった輸液バッグを付け替え始めると空気が動き、柔らかで清潔な何とも馨しい香が漂って来た。フレグランス特有の強い物では無く、医務室の清浄な空気に溶け込む様な。彼女の髪か、或いは白衣からかも知れない。無意識にそれを吸い込みながらふと聞いてみる。
「さっき沢田に外出するって言ってなかった?」
「言いましたね」
「何で居るの」
「えー感じ悪い」
変わらぬ笑顔はまるで気にしていない事を告げていたけれど、一応違うと言い直しておく。リボーンとやり合っていた時の策謀的な印象は随分と薄れ、これといった邪気も感じられない。寧ろコミュニケーション上手で案外性格も良い…のかも知れない。
「ちょっと外の空気吸いたかっただけだからお気になさらず。それよりお腹空きません?」
「空いた」
「シェフが入院生活を少しでも快適にって和食届けて下さるみたいですよ」
「ワオ。気が利くね」
「本音は機嫌悪い時に意にそぐわない物出して咬み殺されたくないからだそうです」
「……」
「雲雀さんって面白いですね」
前言撤回。何だこの女は。