A tesoro mio
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「何してんのよあんた」
「そっちこそ。何でこんな所に居るのよ」
それは突然の忌々しき遭遇だった。
パレルモ中心街のとあるランジェリーブティック。カジュアルからセクシーまで揃うこの人気店は春の新作を求めて訪れる若い女性客で本日も賑わっている。皆がそれぞれ物色を楽しみ、憎々しげに顔を歪めるルイとM・Mの睨み合いなど誰も気にも止めない。
「楽しいショッピング中にあんたの顔なんか見たくなかったけどまぁ良いわ、教えてあげる。私来月骸ちゃんと旅行に行くの。だから新しい下着買いに来たってワケ。良い?むくろちゃんと。旅行に。行くの。OK?」
ルイと骸の仲を疑っているM・Mは勝ち誇ったかのように鼻で嗤って見せるがルイが挑発に乗る理由は無い。骸とはそもそもから何かあったわけでも無いし、何せ本日は。
「そ。どうせ仕事か何かでしょ、お疲れ様。それより奇遇ね。私も実は来週から旅行なの。彼氏と。じゃーね」
今や対立する理由も無いのだ。早々に切り上げたい。彼氏の部分を少しだけ強調したのは今までの意趣返しで、驚愕に目を見開いたM・Mに意図せず小気味の良さを感じてしまった。彼氏?あんたに?うわっ相手趣味悪…好き勝手呟かれる言葉にツンと知らん顔をして通り過ぎようとしたが。
「ねぇ、相手誰?教えなさいよ」
てっきり悪態を吐くかとばかりと思ったM・Mは、まるで面白い玩具を見つけた子供さながらに唇の端を吊り上げたのだ。言いながら、どんな下着を買う気なのかとルイの持つショップバスケットをニヤニヤ覗き込んで来る。相変わらず性の悪い。反射的に小鼻がヒクつくけれどルイだって何となく気になって、同じく彼女のバスケットに目をやる。
「えー何よこれガキみたい。清純派気取り?うっざ。彼氏やる気無くすわねこれ」
「うわっ何これ気持ち悪っ!もう下着の意味ないよねこれ?こんなん着ける人ほんとに居たんだ…うわ〜…」
さぁ、貶し合いのゴングが鳴った。犬猿の二人の女の闘争は熾烈を極めるかのように見えた、が、事態は当人同士すら予測しなかった方へ傾いて行く。
「悪い事言わないからこっちにしときなさい。これは絶対NGだから。ガキ過ぎるし清純派どころか彼氏馬鹿にしてるみたいだわ」
「これは幾ら骸でも流石に引くと思うの。せめてこっちにした方が良い。絶対。間違いない。骸の趣味知らないけど…これ元に戻しちゃえ、えいっ」
「あっ勝手にするんじゃないわよバカ!…私は良いのよ別に。私が勝手に気分上げるだけで、どうせ何も起こりっこないんだもの」
「え?」
M・Mのバスケットに入っていたセクシーランジェリーを勝手に元の所へ戻しチェック柄の素朴なブラジャーを放り込んでいたルイの手が止まる。
「、別に!何でもないわ。あんたこそ彼氏って誰なのよ。狭い界隈だものね、絶対私も知ってる男でしょ?ほらほら白状しなさいって。ボンゴレ?キャバッローネ?」
すぐに意地悪な表情を作り直すM・Mが、ほんの少し覗かせた物憂げな顔が妙に綺麗で印象的で——思わずまじまじ見つめてしまった。そうしたら何故だろう。ルイまでポロリと零してしまったのだ。私だって何にも起こらない、と。
「はぁ?付き合ってんでしょ?」
「そうなんだけど、そんなの考えられないって言うか」
「…はぁ〜?相手それで良いっつってんの?てか誰なのよ」
「いや〜そんな話しないから何とも…やっぱ嫌かなぁ。…雲雀さんなんだけど。それよりあなた何にもないって初めから決めつけてるってそれ、ずっと現状維持希望って事?」
「!?雲雀ってあの雲雀?……マジ?あ〜…確かにイイ感じだったわねあんたら…」
互いに見つめ合ったまま会話が途切れる。数十秒後、どちらからともなくこう言った。「ねぇ、ランチ付き合ってあげても良いけど?」
その晩程良く酔っ払ったルイが帰宅したのはもう日付が変わる頃。
お喋りした内容と言えば、M・Mの骸に抱くままならない恋情。決して一人の女としては見てもらえぬ苦しい想いの吐露。それにルイが負の印象しか無いセックスをなるべく遠ざけておきたい事、けれど雲雀が本当に大好きな事。
「骸ちゃんは狡くて意地悪で悪い男だけど…悔しいけどやっぱかっこいいのよ。結局恋愛なんて惚れたもん負けよねぇ。はぁ…」
「雲雀さんはねぇ、変人だけどかっこいいのよ。意外とちゃんとしてるし優しいし、時々本気でムカつくけど…でもね、私の仕事の事理解してくれるし、声が最高で」
「あ〜〜〜骸ちゃんのお金ごと愛してる!え?お金が無くなったら?あんたバカ?貧困に喘ぐダサい骸ちゃんなんかどこのパラレルワールド探したって居やしないわよ。けどまぁー…爪に火を灯す生活だって骸ちゃんとならしてみても良いかもね、一ヶ月くらいならね!」
「ねぇ聞いて。雲雀さん大事にするよって言ってくれたの。天地もびっくりしてひっくり返るでしょ。あの人がよ?すごい嬉しかったの。付き合う前は私に惚れる男は頭沸いてるって言ってたんだけど、どういう事だと思う?」
互いに互いの話なんて実はそれ程聞いてもいなかった。酔いの高揚感のまま好きに喋っていただけ。だからかも知れない、押し込めていた素直な気持ちが口に出せたのは。
「やっぱしなきゃダメかなぁ。けどあの人とだったら私…んん、けどやっぱ」
「まだ言ってんの?何がそんなに嫌なのか知らないけど大事にしてくれてるなら良いじゃない。お堅くし過ぎると逃げられちゃうわよ。惚れた男とだったら案外良いもんかもよ?相手が雲雀ってのが笑えるけど」
「何でよあの人かっこいいのよ。…そうかな。ん、前向きに考えてみる」
毛布に包まれ薄ぼんやりした記憶を邂逅しながら、ああ、何だかふわふわする。だいぶ酔いが回っているようだ。
雲雀が時折熱っぽい瞳でルイを見つめているのに気付いてなかったわけではない。目を逸らし曖昧なままにしていただけで。ごめんなさい、出来ないの。私は無理なの。そんな風に凝り固まっていた先入観がM・Mとの会話でゆるゆる解れて来ていた。
そうだ、とりあえず求められたなら応じてみよう。何もして来なければそれがベストだけれど…あの人はどう思っているのだろう。このままずっと出来なくても、好きで居てくれる?それとも…
自分がどうしたいのか良く分からない。拒絶する反面抱かれてみたい気持ちも本当は少しだけあるのかも。こんな事以前の自分ならば絶対に認められなかった事だけれど。
遠慮不要の女相手との会話は不思議だった。旧友という存在を作る機会を逃して来ただけに、ルイにとって今日の経験は驚きに満ちたもので。ビアンキとだってこんな事喋れはしないと言うのに。
M・M、大嫌いな女。けれど今は…もしかして今日だけかも知れないが、友達ってこんな感じなのかな。そんな風に思うと同時に、胸につかえるものだらけだった恋人との関係に一筋の希望を見出せた夜だった。
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