A tesoro mio
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雲雀が引退した九代目ドン・ボンゴレを訪ねたのはその三週間後だった。
本来の目的である謎の匣、鬼火、臓器密売人。このバラバラなワードがどうにも引っ掛かり再び雪原へと向かう事数度、天候を読み地元住民の手も借りトライしてみたがやはり上手くは行かなかった。
夏に出直して来い、気休めにゃなるさ。との助言を背にすごすご帰国するしか無かったのだ。
九代目が現在住んでいるのは都市部からは離れた静かな邸宅。アンティークなカップに注がれた紅茶を雲雀に勧めながら九代目は相変わらず穏やかな風貌で微笑んだ。
「久しぶりだね雲雀くん。君が一人で此処へ来る日が来るなんてね。何があったんだい?」
「率直に聞くよ。14年程前、ムルマンスクで臓器密売人か何かを捕らえたかい?…ああ、これは僕の個人的な仕事での興味だから、仮に極秘事項だったとしても気にせず話して頂きたい。口外はしない」
「ムルマンスク?密売…?」
九代目はしわくちゃの瞼を数度瞬いてから、すぐに頷いた。
「イディオット・ジャヴォールの件だね。ロシアの奴隷商人。ああ、良く覚えているよ」
雲雀に向き合い少々陰鬱な話になるがね、と前置きして話し出した。
当時長く政変に揺れていたかの国では薄暗い悪行が蔓延り、本件はその氷山の一角なのだと言った。
イディオット・ジャヴォール。
首謀者であるその男は大雪原の果てにとある施設を構え、そこに臓器密売の目的で集めた相当数の奴隷を収容していたらしい。特に子供の臓器は高く売れる事から慈善団体に扮して多くの子供達を誘拐し、或いは奴隷同士での行為を強要して子を産ませ、用済みになれば闇市へ売り飛ばしていたという。
彼の悪事は長きに渡り秘密裏に行われていたが、結局はボンゴレのシマにまで手を伸ばしたのが原因で全てが露見。すぐさま居場所を突き止め討ち入り、その場で裁きを下したという事だった。
「後が大変だったよ。衰弱した者達の保護もだが、名も言えぬ子供達を世界各地の親元に返してあげなきゃならなかったしね。勿論隠蔽していたわけでは無いよ。あの頃は類似した忌わしい事件が多発していたから、この件は埋もれてしまって君の耳には届かなかったんだろう」
必要ならば詳細を記した文献を探すと良い、本部の書庫に納めているから。そう続けた九代目に最大の疑問を投げ掛ける。
「もう一つ良いかな。当時あの村で死ぬ気の炎を思わせる橙の光を見た者が居るんだ。勿論別の何かだろうけど——もし本物ならばそんな事は有り得るのかな?」
「…?私達がリングの炎を得たのはほんの7、8年前だし、有り得ないと思うよ」
「…そうだね。じゃ帰るよ。突然邪魔したね」
——イディオット・ジャヴォール。奴隷商人、か。
ボンゴレとしてはすっきり片付いている件らしく死ぬ気の炎の線も薄い。自分の求める謎の匣との関連も無しと見て良いか。匣の調査は夏に出直すとして、こちらはこれ以上調べる必要は無いだろう。
しかし何となく、何となくだが引っ掛かった。喉の奥に魚の小骨が刺さったような感覚。そして漁師の摩訶不思議な話と共にその名は雲雀の頭に深く刻み付けられたのだった。
「雲雀さん。お帰りなさい」
夜更け前にようやく帰還すると白衣のままのルイが出迎えてくれた。忙しかったらしくメイクは半分剥がれかけていたが、それでもその笑顔は雲雀の疲労を吹き飛ばすに充分だった。ただいま、と軽いハグとキス。微かに頬を染めはにかむ彼女に、始まったばかりの自分達の関係が夢で無かった事実を噛み締める。
「ね、あなたもうご飯食べちゃった?」
「まだだよ。作ってくれるの?」
「うん、スペアリブ焼くね。私もお腹ぺこぺこ」
ああ良い匂い。ルイから漂う香は風呂上がりでも汗だくになったオペ後でもいつでも変わらず雲雀を誘惑する。その真白い首筋に咬み付いてしまいたい。幾度となくキスを落としつつ、下半身から這い上がる邪念を抑え込む。
「今から?いつ食べられるのそれ」
横目に見た時計はもう23時手前。腹は空いてるが今はジューシーなスペアリブよりこの女を喰らいたい。が、流石にまだ駄目だ。急いではいけない。ではいつならば良いのだろう。普通は三ヶ月後くらいか?そんなに?きついな。というかどんな状況でどうやってベッドへ連れ込めば良い。普通はどうなのだ。分からぬ。普通に付き合うとは…目まぐるしく回る不純な頭。
思考の傍らちゅっちゅと止められぬ口付けの雨を遮ったのはルイの手のひらだった。雲雀の頬を押し返し、いつまでしてんのよと照れ笑い。
「オーブンに入れてたらすぐよ。焼ける間にお風呂入ろ」
「一緒に?」
「も〜ぅ!あなたって意外とそんなだったんだ」
今度は顔を覆って吹き出される。耳まで火照り上がったその様正に茹でダコの如し。かと思えばすぐに一緒なわけないでしょとグイグイ背を押して来る。
「私は仕込みしてからこの部屋のお風呂に入ります。あなたはあなたの部屋でどうぞ。ごゆっくり!」
そうして締め出されてしまった。経験済みとぬかしていた割に初心な事だ。キスだっててんで下手くそだしあの日ちょっと舌を絡めただけでえらく…
「……」
まずい。下半身が。一度抜かなければ。あんな危険な香を放つルイが悪いのだから今回は罪悪感など不要だろう…
帰宅して気が抜けたのか可愛い恋人の魅惑にやられたか。何だかんだで一気に飽和した頭はいつの間にか、ルイにも話すつもりだった奇怪な謎の全てをどこかに吹き飛ばしてしまっていた。