A tesoro mio
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酷い目に遭った。
パチパチパチ…薪が踊る何処か心安らぐ音を聴きながら、厚手の毛布を凍死寸前の体に巻き付け思う。大自然とはかくも恐ろしいものだったとは、と。
雲雀が今居るのは北極圏最大の都市ムルマンスク。の、とある民家。
漁業が盛んなこの地の果て、忘れ去られた地下研究室に眠るとされる未知の匣を求めて雪原の探索へと向かったのだが…あえなく惨敗。準備は万端にしていたつもりが、乱舞する氷の嵐と有り得ない程の体力の消耗に骨も残らぬかと思った。立ち入ってすぐにこれはまずいと気付きさっさと引き返したのが幸い。ようやく一息吐いてへたりこんで居た所を、地元の漁師が保護して暖かな家へと運んでくれたのだった。
「落ち着いたかい?」
暖炉の前で震える雲雀に家主の漁師が豪快に笑いかける。
「バッカだねぇ坊や。何しに来たのか知らんが素人が生半可な知識で制覇出来る程この雪原は甘かねぇんだ。大自然ナメんなよ。…おら、とっととこれ飲んで温まりやがれ」
そうして差し出されたのはホットミルク。ミルクだと…?坊や…?馬鹿にしているのだろうか。文句は言えないのだが、剣呑な気分は顔に表れてしまっていたらしい。
「何でいその顔は。…ん?とっくに大人?ガハハッそりゃすまねぇすまねぇ!東洋人はどうにもガキに見えちまっていけねぇな!じゃちびっと付き合えよ、凍ったハートに火が点くぜ」
ドカッと横に座り込むとグラスにドボドボ酒を注ぎ込んで雲雀に渡す。自分は瓶を直飲みだ。雲雀はウォッカは好まないが今は温まるならば何でも構わなかった。一気に飲み干すと漁師は嬉しそうに笑って更に注いで来る。
ピュー!ゴォォーーー!
窓の外では寒風と氷雪が中に入れろと唸り泣き叫ぶ。その全てを遮断し柔らかな電球色と暖炉の灯で満ちる部屋の中、平常ならば接点の一つも無い筈の二人の男の酒盛りは進んで行った。漁師は酒に強い雲雀にすっかり気を良くしてしまったようだ。
「兄ちゃん見た目によらずイケる口かい。だが酔いどれは良くねぇ。程良く肝っ玉冷える話でもしてやろうじゃねぇか」
別段関心があった訳では無い。しかし一応は助けて貰った身。随分お喋り好きらしき男の気持ちを撥ね付ける気にもならず黙って聞いていた。
曰く。
この辺りには——ああ、もっと奥の方さ。そう、この大雪原の果ての方にとんでもねぇ悪党がいたんだ。所謂臓器密売人だと噂されていたよ。誰も真偽は知らないけどね。ん?そりゃそうさ。関わりたかねぇだろう?当時政変に揺れてたこの国じゃあちっと埃叩きゃどこにでも転がってる話だったし。
そんでな。やっこさんが何してたのかは今でもオレらは知らねぇんだが、とっちめられちまったのさ。イタリアの——何つったかな。ボンゴラ?そんな名前の集団にさ。
ん?何だ兄ちゃん、変な顔して。何でもねぇ?そうかい。おら、手ぇ止まってんぞ。もっと飲みなよ。
話戻すぜ。でな、正直あん時ゃほっとしたよ。オレ達親はガキが攫われでもしたら堪んねぇって碌に外遊びもさせてやれなかったんだから。おかげでこちとら平和な生活手に入れられてボンゴラ様?アンゴラ様?とにかくそちら様万々歳ってわけさ。
…ただ今でも一個だけ気に掛かってる事があんだ。だぁれも信じやしねぇが…あの日の夜オレは確かに見たんだよ。鬼火を。猛吹雪の深い闇の中からぼわぁ〜っと浮かんで来たかと思うと、そんままふっと消えちまって。そう、そう、あんたがさっきへたり上がってた河の辺りな。その次の日だったんだ。イタリアの英雄共に悪党が討ち取られたって話が流れて来たのは。
だからな、ありゃあ見間違いなんかじゃねぇ。あの不気味な橙の炎は、きっと密売人の霊魂だったんだ。そんなわけでオレは今でもあの辺にゃ孫を連れちゃ行けねぇ。あんたもこれに懲りたらもう近付くな。悪霊に連れてかれて五臓六腑抜かれちまうぞ。くわばらくわばら…
酔いが回ったのか、そこで漁師の目がうつらうつらとして来る。
思いがけぬ不思議な話に雲雀はここで眠られたくはないと思った。白髪の目立つ漁師の頭をパシパシ叩きながら幾つかの質問を飛ばす。
その悪党の臓器密売とは?そいつの住処はどの辺りだったのか?鬼火の様子は?そもそもいつ頃の話なのか。もっと詳しく聞かせろと。
「何でい目の色変えて。悪党についちゃ話以上のこた知らねぇよ。鬼火はな…こう、ぼやぁっとそりゃあ闇夜におぞましい程明るい橙の光さ。…で何だっけ?ああ、そいつの命日ははっきり覚えてんぜ。14年前の10月20日な。何せオレの一番上の娘が嫁に行った日だったのよ。神の御加護を感じたね…」
そう言い残して男は本格的な眠りに入った。
14年前だと?いよいよ意味が分からない。ボンゴレが関わっているとすれば、彼の見た鬼火とはもしかして死ぬ気の炎なのだろうか。臓器密売に手を染めた悪徳商人を討ち取った?そんな話は聞いた事が無いが、ボンゴレの歴史全てを履修した訳でも無い。知らぬ件があっても不思議は無いのだが…
それより14年前と言えば自分は8歳。死ぬ気の炎の存在がこの界隈にもたらされたのは、さるミルフィオーレ事件の直前、自分が中学生だった時の事の筈。それ以前に既に炎は認知されていた?
どうにも釈然とせぬものを抱えながら、とっちらかったテーブルの上のつまみを摘む夜を越した。