A tesoro mio
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雲雀は本日より仕事で出国する。向かう先はロシアだ。パレルモの空港に向かいすがらぼんやり思い出されるはクリスマスの日。
あれは衝動的なものだったと思う。少なくともあんな形で想いを告げる事になるとは思わなかった。結果オーライとは言えもう少し格好が付かなかったものか。嫉妬と焦燥に駆られて子作りに協力してやるだなんて全く。けれどあの時は仕方が無かったのだ。ぼやぼやしていたら彼女はどこぞの馬の骨に攫われてしまいそうだったのだから。
「……」
正直若干の違和感はあった。人間の普遍的な幸せとやらに今更惑わされる彼女に。だってルイは愚かでは無い。そんな事とうに分かり切っていた筈だろう。その上で尚そんなものはノーサンキューを掲げていたのではないのか。
自由で居たいの。度々繰り返されるフレーズ、男への偏見と嫌悪。
その元凶となった事象を雲雀は知らないが、約束した通りルイを縛る気などてんで無い。互いに自由に生きれば良いのだ。兎にも角にも初めて惚れた女が名実共に傍に居る。それだけで充分で、この問題を深く掘り下げる必要は感じなかった。
いつかの酒の席でセックスは一生しないと断言したルイの強い意志を忘れた訳では無いけれど、大事にしていればその心もいずれ氷解するだろう。その程度に考えてしまっていたのだ。この時は。
ぼんやりしている内にパレルモ国際空港に着く。まずローマのフィウミチーノ空港までフライト、そこから更に乗り継ぎを重ね向かうはロシア連邦最大の港湾都市ムルマンスクだ。少々長い仕事になるかも知れない。次に彼女に会えるのはいつだろう。いつになく浮かれた気分で搭乗手続きへ向かった。
「嫌ならば話さなくて良いのでは?」
六道骸はそう言った。
休暇を終え雲雀が出国し新年が訪れても、ルイの胸にはあの日から漫然と続く夢心地と僅かな不安。にわかに独りごちる事が増えれば勘の良い骸はすぐに気付いたようで、付き合う事になったと告げてもさして驚きもしなかった。そうなるのは極自然な成り行きであったかのように受け止めてくれた彼に安堵したからかも知れない。どうにも払拭出来ぬ罪悪感をすんなりと吐露出来たのは。
ちゃんと言わなきゃ駄目なのは分かってるの。けどね、どうしても…と。
唯一ルイの全てを知る骸から話すべきだと諭されればきっとルイはそうしただろう。良心の呵責に耐えきれなくなって。しかし彼はそうは言わなかったのだ。
「全ては過去の事だ。今更掘り出して何になるんです。君が話したいと思える時が来たらその時に話せば良いでしょう」
「けど…」
「そもそも雲雀恭弥ですよ。そんな関係がいつまでも続くと決まったわけでもないのに考えるだけ馬鹿馬鹿しいと思いますが」
「……」
それはそうなのだが。初めから終わりを見据えた言われ方が少し苦しかった。自分自身今だけの夢だと分かっている癖に勝手な事だ。押し黙ったルイに骸は更に言い募る。
「嫌な事伺いますが…君が話せないで居るのは、彼に捨てられる恐怖からだけですか?」
「え…?」
「君自身のプライドが他者にそれを知られる事を許せないという側面もあるのでは?」
「………」
「だったら尚更でしょう。君は君自身を殴らねばならぬような罪は犯していません。そして日本にはこのような格言もあります。知らぬが仏とね。知らない方が幸せな事もあるという事ですよ」
これはルイを大いに悩ませた。知らない方が幸せ。だったら…しかし、もし知ってしまったら?
「…ね、骸。もし全部話したらあの人どう思うかなぁ?」
「さぁね。それこそ人間の根幹的な部分に根ざした問題でしょう。受け入れるも拒絶するも、心がどう向くか彼本人の意志では変えようのない類の話だ。だからこそ無理に告げなくてもと僕は思いますよ。君は何も悪くないのですから」
「……」
骸はルイを大事に思ってくれている。なのでこのような無慈悲な現実を言葉にされても、それは彼の優しさと受け取る事が出来た。骸とは上っ面の希望的観測が孕む残酷さを知り、しかし必要以上に悲観的になりもしない。徹底的なリアリストなのだ。
方向など定まりはせずも骸との会話はルイを落ち着かせた。だからこう思った。もう少し、このままで。それが今のルイの精一杯の答えだった。ただ、最後に放たれた言葉は重く反響した。
「ああ、一つだけ。今の不安定な君が間違っても子供などと考えるべきではありませんよ。僕達のような人間を増やしたくないのならね」