A tesoro mio
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あっという間に夏は過ぎ去り慌ただしい日常が戻って来れば、すぐに秋の足音が聴こえて来る。気付けばもうルイがボンゴレへ来てから一年が経とうとしていた。
「疲れた…」
けれど今ルイが居るのはシチリアからは遠く離れたボローニャの片田舎。少々難儀なオペの依頼を受け一週間、ようやく一息吐きホテルのベッドに倒れ込んだ所だ。シャワーは済んだ。髪も乾かした。夕飯はまだだが今はそれよりも一刻も早く眠りに就きたい。
裏社会に於けるとある有権者を患者とした今回のオペは、チームワークの悪さが露呈してどうにも上々とは言えぬ出来だった。難しい術式故、収集された有能な人材は当然こぞって切りたがる。そんな中で第一執刀医がこんな小娘だったと来れば男達の怒髪天は分からないではないのだが、それにしてもオペ後に派手な掴み合いなんてしてしまったのはいつぶりだったろう。
オペ自体は無事終了したのだが顧みれば反省点だらけ。敬愛する我が師シャマルがあの場に居たならば、今頃休養などそっちのけで容赦ない叱責を浴びていたに決まっている。
“手足になろうとしてくれなかった奴等のせい?言い訳すんじゃねぇ。愚かなオッサン共を上手く舵取りし切れなかったお前の実力不足だろうが”
これだけで済むか?いやもっと辛辣だろう。
思い出したらまたむかっ腹が立って来た。憤慨も反省も明日にしてさっさと眠ってしまおうとエアリーな羽毛布団を被ればそれだけで心地好い安堵に包まれる。体が温まり緊張感が解れて来ると、ぼんやりする頭の片隅に浮かぶ声。
また喧嘩だって?君どこまで気性荒いんだい…
それは眠気がもたらした幻聴だと分かっているけれど、あの人が知ったとすればきっとそう言って楽しそうに口角を上げるのだろう。
「……」
今頃彼は何をしているのか。
未だ色褪せない夏の夜の夢。知らず知らず指が唇に触れると優しい口付けの一つ一つが蘇って来る。頭ではなく、その恍惚を鮮明に覚え込まされた体に。途端切なく熱を孕み出した全身をぎゅっと両の腕で抱き締める。
あの日から雲雀は度々ルイに触れる様になった。それはすれ違いざまだったり、ふと目が合った時だったり。まるで息をするかの如く自然に軽いキスを落として去って行くのだ。何も言わず反応を求めもせずに。一体何を考えているのか。拒否しない自分も自分なのだけれど。
それでもルイは酷く曖昧なこの状況を変えたいとは思わなかった。雲雀が自分をどう思ってこんな戯れをしているのか、それが知りたい反面酷く恐ろしい。ただの暇潰しに使われているならばそれは大変不愉快。けれどもし、万が一、欠片でも恋情を向けられて居るのだとすれば——ルイはそれに決して応えられはしない、のにこんなにも期待をしてしまう。
あの人に、好き、だと思われたい。思われたくない。だって自分は…こんな自分はあの人に受け入れて貰える筈が無い。知られてしまえば全てが終わる。ギリ、食い縛る歯が嫌なふうに鳴った。
どうやっても忘却に追いやれぬ遠い日、寒気がする暖かい部屋の中、反響する呪詛。
“クレージュ、クレージュ。お前は最高の——…”
…止めよう。
こんな事を思い出して何になるというのだ。自分は今まで通り一人気まぐれに生きて行くだけ。けれど知ってしまった甘美はどうにも手放し難い。だからもう少しの間だけで良い、この心地の良いぬるま湯に浸かっていたいと願ってしまうのだ。
一方、時を同じくしてルイを悩ませる男はと言うと。
喧騒からは遮断された私室のソファに腰掛けて、夜毎訪れる行き場の無い渇望を埋めようと秘めやかな遊戯に興じていた。
瞼の裏に浮かぶ女の真白い肢体。脳髄を飽和させるあえかな吐息。繰り返される濡れた声。雲雀さん、雲雀さん…
クチクチュ、ヌチ……反り勃った自身を慰める淫靡な音だけが静かな部屋に籠る。「は、」時折漏れる己の切迫した掠れ声なぞ邪魔にしかならぬ。
あの日から頭の中でもう幾度あの女を汚しただろう。このような行為に耽ったのは人生で数える程しか無かったのに。したとしても単に不要物の排泄に過ぎなかったそれが、今はそれがこんなにも生々しい温度を伴って。
ビジネス相手と称する女達とはあれ以来御無沙汰。またあのような茶番に見舞われるのは腰が引けたし、それ以上にルイの震える唇がもたらす極上の快楽を知ってしまった今、もう他の女など。豊満な体が繰り出すどんな性技より、あの戸惑いがちで下手くそな口付けは…
ルイに劣情を催す事が無かった訳では無い。かのアルフォンソ宅での一件の時もそうだったが、例えば笑い掛けて来る潤んだ唇だとか、しゃがんだ時白衣の胸元からちらり覗く胸元の僅かな隙間だとか軽く突き出された尻だとか。そんな些細な日常動作に遭遇すればそれだけであらぬ箇所が充血して熱を持ち、夜が来る度本能と罪悪感の狭間で争う憂き目に遭って来たのだ。しかしそれまでは必ず理性に上がっていた軍杯が、あの日ついに逆転した。
ルイを部屋まで送り届けた後、シャワーを浴びながら、あの続きを想像して抜いた。白い首筋から漂う芳香と、柔らかな唇の感触を反芻しながら。
一度外れたタガはもう易々と嵌りはしない。今夜はと言うと一週間程姿の見えぬルイへ募る猜疑心から——今何をしているのか、誰と居るのか。いつもの仕事だと分かってはいても——火が着いてしまって。