A tesoro mio
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潤とその息子がボンゴレを去ったのはそれから二日後。リボーンがバカンスより帰還してすぐの事。
丁度休暇の人員が入れ替わる慌ただしさに重なり、雲雀の部屋からベビーベッドが運び出される不思議など誰も気にも留めない。こうして突然もたらされた一連の騒動は、人知れずひっそりと終わりを迎えたのだった。
「…あ」
その夜。静かな廊下で見つけた黒い頭の後ろ姿に、ルイの胸は小さく脈打った。「お出掛け?」咄嗟に声を掛けると、振り返った男の顔はいつもと変わらず涼しい。
「うん」
「そう。……そう、ふーん」
話を振っておきながら後に繋げる言葉が出て来ない。潤から経緯を聞かされてはいたけれど、今の雲雀に何を言えば良いのか分からないのだ。センシティブな問題。触れて良いのかどうなのか。しかしルイは今の雲雀と話したかった。彼が今、何をどう感じどんな心持ちでいるのか気になって堪らなかった。だから何となく「じゃあおやすみなさい」とは言えなくて。ルイにとっては少々気まずい沈黙、打ち破ったのは雲雀。
「相変わらず暇そうだね」
「え?うん」
「来るかい?」
そのまま返事も聞かずさっさと行ってしまう。どこへ行くのだろう。断る理由も無いので黙ってその背を追い掛けた。
「ねー、どこ行くの?」
緩やかに海岸沿いを走るバイク、その後ろに跨って声を張る。唸るエンジンとすっぽり被らされたフルフェイスヘルメットのせいで声が通り辛いのだ。ルイには強引にメットを被せておきながら、自分は悠々とぬるい潮風に髪を嬲らせハンドルを切る雲雀の返事は「さぁ」とそれだけ。特に目的がある訳では無いらしい。
気分転換、なのかも知れない。だから車ではなくバイクで。
それ以上彼は何も喋らないからルイも口を噤む。視界を流れ行くシチリアの夏の夜は綺麗だけれど、意識は自然とこの二週間に向いてしまう。
ルイはルイで悩んだのだ。
雨李の血液型が判明したその瞬間、ルイは潤の嘘に気付いた。だが医療従事者は職務上知り得た個人情報の扱いには慎重で居なければならない。それを元に患者のプライベートな部分——この場合は親子関係の否定——へ言及するなど許されないのだ。されど雲雀の人生を考えると黙っては居られない。
だが一方で雨李、大人が守って行くべきひ弱な赤子の未来を思うと、彼から父親を奪うだろう真実を自分が口にするのは息苦しかった。もし雲雀を失った潤が雨李を邪魔に思って捨てる様な事になったら…裏社会に於いて庇護を失った幼子の末路など概ねの場合深い闇だと言うのに。勿論本来ならばこんな事までルイが気を回す必要は無い。しかし親を知らぬ故にまともな幼少期を送れなかった記憶が、病的なまでの罪悪感となって頭をぐるぐる回る。このまま行けば雲雀は雨李にとって良き父親になると決まっているのに自分がそれを壊して良いのか。小さな雨李の今後を不安なものにしてしまって、本当に良いのだろうか…
けれどやはり雲雀には真実を知る権利があるのだし、何よりルイにとって雲雀はとてもとても大事な人。認めたくなくても必死に否定してみても心に嘘は付けない。だからこそ苦しかった。事実を告げてしまえばそれは雲雀の為では無く彼に戻って来て欲しい自分の為。自由な独身男性として再び目の前に立って欲しいと望む自分の為のようになってしまうではないか。
吐き気を催す程悩んだ末にとりあえず潤とだけでも話してみようと決めた。彼女だけをひっそりと呼び出し「私は彼らが血縁で無いと気付いている。それでもまだこの茶番を続ける気?」と暗に匂わせてみるのだ。言葉なき圧力に潤がどう出るのか当面はその経過を傍観してみよう…決定的な何かを口にするのは、自身の思いが定まってからにしようと。
後から聞いた所によると、ルイの出方がどうあれ雲雀はいずれ事実を知らされるシナリオにはなっていたようだが、それはそれとして彼は怒っているかも知れない。あの時ルイが潤だけを呼び出し雲雀には何も伝えようとしなかったから。
仕方が無いではないか。こちらだって散々頭を抱えて——
「降りないの?」
不意に話し掛けられビクリと肩が震える。気付けばバイクは駐車済み。不慣れ故に息苦しいフルフェイスヘルメットを取り去って眼前を見渡せば、そこに広がる景色は。