A tesoro mio
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「…どういう事かな?」
努めて平静を装えど、与えられた衝撃は多大なもの。雲雀の内心の動揺を知ってか知らずかルイは無表情に無感動に事実のみを告げて来た。
「万が一の輸血に備え事前に雨李くんの血液を調べた結果、彼はボンベイ型という非常に稀な血液型でした。けど雲雀さん、あなたから生まれる子供はこの型にはなり得ないんです」
「ボンベイ型?」
「通常の血液にはH抗原というものが存在するんだけど、その抗原を持たない特殊な血液があるんです。それがボンベイ型。この型が生まれるには両親の血液因子に幾つかの条件があって──ややこしい話になるから口頭ではちょっと⋯とにかくその条件のいずれもあなたは満たさないの。必要であれば後程資料持って来て説明します」
説明されたところで今のこの状況下では頭に入る気がしない。
雨李が、自分の子では無い…?親子鑑定に誤りがあったとでも言うのか?馬鹿な。確かに目の前で自分と雨李の髪の毛を持って行ったではないか。しかしルイがこのような悪質な嘘など吐く筈が…
「……!」
めちゃくちゃな思考にビビッと稲妻が落ちたかの如く浮かぶ、たった一つの可能性。
あの検査の日、潤は何やら理由を付けて正一に付き従い検査に立ち会った。そこで彼の目を盗み行われた、潤による検体の──
「……」
心臓が早鐘と化す。渦巻き出した焦燥、困惑、疑念、裏腹な安堵?今の雲雀には自身の感情すら上手く掴めはしない。
「では私はこれで」
とんでもない爆弾を投げておいてルイはさっさと立ち去ろうとしてしまう。
「ちょっと」
「限りなく精度の高い二つの検査で何故こんな矛盾する結果が出てしまったのか、その推測を語るのは私の職務の範疇を超えています。先程言ったように必要であれば再度親子鑑定を行いますが、多分後はご家族でのお話で片付く筈。⋯そうでしょう?」
チラリ、潤を一瞥すると白衣を翻し今度こそ退室してしまった。
「⋯⋯」
重苦しい部屋の中、赤子が指をしゃぶっている。玩具には飽きてしまったのだろう。ちゅぱちゅぱ、あーうー⋯紅葉程もない小さな手を涎でぐっしょり濡らしては時折いじらしく喃語を漏らすこの子は何も知らないのだ。両親である筈の男と女を包む寒々しい空気など、何一つ。
私は部外者とばかりに出て行ったルイだが、恐らく自分と同様の疑惑を潤に向けているのだと雲雀には感じられた。しかし、ならば何故はっきりとそう言わない。そして何故潤とだけこっそり話をしようとするような切り出し方をしたのだ。こんな重大事項を。
募る苛立ちに内心穏やかではないが、何にせよ今の雲雀に出来るのは潤を問い詰める事だけ。
しかし雲雀の口が開く前に、俯いていた潤が顔を上げる。今まで見た事も無い疲弊した笑みを浮かべて。
「夢の時間はもう終わり」
先程の台詞をもう一度繰り返す。まるで自らに言い聞かせるかのように。
「本当に、夢みたいに楽しかった。この二週間⋯振り回して御免なさいね」
それは、疑惑の肯定。
その瞬間の激情を何と表現すれば良いのだろう。激昂は確かだ。しかし目前の女を張り倒す気にはなれなかった。彼女の凪いだ両の瞳が、あまりに寂しげに愛しげに、柔らかく自分を映していたから。
漏れるのは罵声ではなく大きな溜息。とにかく状況を理解したかった。
「検体のすり替え。で合ってるかな」
「⋯その通りよ」
ああ、本当に。
ぐたりと天を仰ぐ。あの日、自分が父親だと証明された時と同じに。虚脱とも解放とも付かぬ、ただ重い重い何かが胸からスコーンと抜けていったかのような感覚。
「⋯疲れた。とりあえず説明して。嘘吐いたら殺す」
「私を殺したらあの子どうするの?ああ、あなたが責任持って育ててくれるのかしら。ルイ先生と一緒に」
「は?」
「冗談よ。あのね…」
そうして彼女は語り出した。ゆっくりと穏やかに、今に至る経緯を。