A tesoro mio
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それから早二週間。
もう十月だというのに此処パレルモでは皆私服は半袖。シチリア島は標準的な地中海性気候の為、冬を迎えようとするこの時期に入っても随分と温暖なのだ。
そんな穏やかな晴れの朝、ドン・ボンゴレの執務室。
「お帰りなさい、ヒバリさん、クローム。お疲れ様でした」
とある厄介な麻薬密売人を追いコロンビアへと赴いていた彼らの帰還に、綱吉は書類整理をしていた手を止め労いの声を掛けていた。
「えらく時間掛けたじゃねーか、ヒバリ」
腕を組んで壁に凭れ掛かるリボーンが揶揄えば、ボンゴレ最強を謳われる雲の守護者は非常に不快そうに眉を顰めた。
「禄に足取りも掴めない状況で向かわせといてそれかい?断言するけどそこの小動物だったら一年経ったって帰って来てないね。それから──」
氷の刃を思わせる冷たく鋭い双眸に綱吉は瞬時にビクッと背筋を伸ばす。これは最早条件反射の様なもの。
「お帰りとかやめてくれる?ここは僕の家じゃないよ」
「す、すいません!失礼しました!!」
疲れからだろうか、帰還早々大変不機嫌な自身の守護者にペコペコ頭を下げるドン・ボンゴレ。彼等の関係性は学生時代から何も変わってはいない。
学ランを翻し並盛を闊歩していた頃の幼さが抜けよりその鋭さを増した雲の守護者、雲雀恭弥。幾分丸みを帯びていた輪郭もシャープになり背丈も伸びた。真っ黒な髪も少し短くしている。
元来冴え澄んだ空気を纏う少年ではあったが時が経つにつれその雰囲気は洗練され、玲瓏ながら独特の艶を持つ青年へと変化して行った。
が、相変わらずその内面は獰猛な野生動物で、綱吉は未だこの一つ年上の部下に頭が上がらない。尤も本人達に上下関係という認識は欠片も無いのだが。
「で、どうだったんだ?」
「勿論仕留めて来たよ。ボゴタのモルグ街に逃げ込んでたからかなり手間取ったけどね」
コロンビアの首都ボゴタ、その南西部に位置するとある地区の一角に年中死体が転がる危険地帯がある。地元のタクシーすら近寄らぬこの区域、人呼んでモルグ(死人)街。綱吉がヒクッと顔を引き攣らせる。
「よりによってそんな所に…」
「あそこでドンパチ始めちゃあ収集つかなくなっちまうからな…おめー随分辛抱したな。偉いぞ、ヒバリ」
荒んだ地域だ。派手にやってしまえば無関係の住民達までいきり立ち不要な暴動に発展する事は明白。となると誰一人として巻き込まず知られもせず、密やかに事を終わらせる必要が出て来る。好き放題暴れる事を好むこの男の性には合わなかったろう。
感心口調のリボーンに雲雀はフンと鼻を鳴らした。
「クローム、お前も御苦労だったな。初のコロンビアは楽しめたか?」
雲雀より頭一つ分小さな背丈、何処か茫洋とした瞳、南国特産のとある果実を連想させる特徴的な頭頂部に不思議と青みがかった艶やかな黒髪を持つ彼女は、リボーンから突然話を振られ大きな目に困惑の色を浮かべる。
「え…。楽しくは、無かった…」
非常に正直な返事に綱吉の突っ込みが炸裂する。
「任務が任務なのに楽しめる訳無いだろ!しかもモルグ街に潜伏だぞ!」
「ずっとそこに居た訳じゃねーだろ?それに俺は結構好きだぞ、コロンビア。スリリングで」
「お前とクロームを一緒にすんなよ!全く…。お疲れ様、クローム。大変な任務に行かせてゴメン。こっちは少し落ち着いて来たから暫くはゆっくり休んで」
柔らかな笑顔を向けられ戸惑った様な照れた様な風に俯くクローム。守護者達が皆それぞれ成長して行く中で彼女もまた随分と大人の女性へ変貌を遂げたけれども、同年代の女性と比較すると幾分幼く見える。それは顔立ち以上に、恐らく彼女の内面がひどく純粋である事に起因するものでは無いかと綱吉は思っている。
クロームは現在でも決して太陽の様に明るく笑う女性では無いし、口数も少ない。それでも月日が経つにつれ少しずつ色々な表情を見せてくれる様になった。男性ばかりの守護者の中只一人の女性である故か、綱吉は時折彼女に弱音や迷いを漏らしてしまう事もある。彼女が何も言わずそっと心に寄り添ってくれる人だからかも知れない。
今回単独を好む雲雀に付いて貰ったのも、無口で芯の強い彼女であれば雲雀を苛立たせる事無く彼のストッパーとしての役割を果たしてくれるだろうと考えての事だった。
「私は大丈夫…ボスがゆっくり休まなきゃ。ちゃんと寝てないよね?顔色悪い…」
クロームらしい柔和な言葉が返って来た所で、コンコン、ノックの音。
「ルイちゃん。どうしたの?」
ひょっこり覗いた白い顔。シャマルとは違いパリッと糊の利いた白衣に身を包んだルイのお出ましだ。何かあったのだろうか。と言うかすっかり忘れていた、先に新任ドクターを彼らにも紹介しておかなければ。
二人の守護者を振り返った綱吉に見えたのは、ルイを視認した雲雀が鋭い目を僅かに丸くした一瞬。さすがの彼でもその肌の白さは驚きに値するものだったらしい。兎にも角にも紹介に移ろうとしたのだが。
「…え、ルイ?」
きょとんと大きな目を瞬かせるクローム。
「え?知り合いなの?」
リボーンのみならずクロームも。ルイの顔が広いのかこの世界が狭過ぎるのか。しかしこの繋がりはリボーンも知らぬ存ぜぬだったらしく、彼が怪訝な顔でルイに目を遣るとルイは何故か罰が悪そうな苦笑い。
「なぁクローム。こいつにはちっと事情で出てったシャマルの代理に来て貰ったんだが…どうしてお前がこいつを知ってんだ?」
「え?骸様の知り合いだから…」
「骸?」
リボーンと雲雀、二人の男の眉がピクッと上がった。
「おいルイ」
低い声を飛ばされたルイは横に斜めに目を泳がせて、明らかに挙動が不審だ。
「どういう事だ?」
クロームに対する柔らかさなど欠片も無い剣呑な声色。ルイは綺麗に浮き出た鎖骨の下を親指で押さえながら肩を竦める。
「どうって言われても。狭い世界だし何処で知り合ってたって不思議じゃ無いでしょ?」
「はぐらかすんじゃねぇ。何故言わなかった」
「そんな反応されるって分かってたからだよ」
「きちんと説明されりゃ何も言わねぇよ」
「何故わざわざ説明の必要が?」
二人の間に生じた不穏な空気を察し、クロームの瞳が不安げに揺れる。
「ごめんなさいルイ、隠してた方が良かったんだよね?私余計な事…」
「え!違う、違うのクローム!そんなんじゃなくて、リボーンが面倒臭いから…あ、」
わざとらしく片手を口元に当てがう女に細まるヒットマンの目。
「言ってくれるじゃねーか。良いから吐け。おめー骸とどんな関係なんだ。いつどこで知り合った」
「只の知り合いなだけ。詮索されるの嫌い。何も無くても言いたくなくなる」
「ほぉ…?」
感情を読もうとする黒く鋭い瞳と何も映しはしない赤い瞳が静かな火花を散らして交錯する。これは不味い。綱吉が止めに入ろうとした所で存外早い決着。
「まぁいい。いつまでもガキじゃねーしな」
「そうだよ」
表情も口調もまるで何でも無い事の様に返したルイだったが、綱吉はそこに僅かな違和感を覚えた。
骸と、何かあったのか…?
今骸には特殊武器のブローカーとの商談の為ロシアに赴いて貰っている。彼が帰還して来た際に何も起こらなければいいけれど。
綱吉の懸念を他所にリボーンがやれやれと長い腕を組み直す。
「胡散臭ぇ繋がり作りやがって。よりによって骸なんかと」
その瞬間、ぞわり。綱吉の超直感が不吉な様で何処か柔らかい独特の空気を感じ取る。この感覚は良く知っている。これは──
みるみる内に目の前にサァァッと霧がかかり、人影が浮かぶ。同時に静観していた雲雀の表情がはっきりと引き攣った。
「クフフ、随分な言葉ではありませんか」
マフィア風情が。
見計らった様なタイミングでの、もう一人の霧の守護者─六道骸の帰還だった。