A tesoro mio
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燦々と降り注ぐ陽射し、雲一つ無い青空。八月のシチリアは正にリゾート地だ。
郷に入っては郷に従え。およそ三週間程の夏季休暇を当然の権利として取得出来るイタリアの風習に倣い、ボンゴレファミリーもこの時期は三週間とは行かずとも二週間程度の休暇を全構成員に与えている。本部の警備を怠るわけには行かないので、休暇先発隊と後発隊に分かれるという対策は施した上で。
現在先発隊の綱吉・獄寺・山本は連れ立って透き通る海の美しいタオルミーナへ、リボーンはビアンキと共に欧州きっての避暑地コモ湖へとそれぞれが楽しいバカンスに出向いていた。
「つまんなーい…」
そんな中、第一医務室では最新医学の論文を読みながらぼそりと零す女医の姿。現在最高気温三十八度を記録する猛暑日にも関わらず、白衣から覗く脚には厚手のストッキングを履いている。
アルビノのルイにとって夏の強い紫外線は大敵。この時期はヴェルデ特製の紫外線遮断クリームを以てしても行動は制限されてしまう。だから余程の事が無い限り日中はこうして屋内で、医療技術の更なる向上を目指し勉学に励んで過ごしている。それは有意義ではあるのだけれど…やはり単調な日々が続くとつまらなくもなる。
先発隊は今頃素敵なバカンスに胸を躍らせている事だろう。青い海、焼けた素肌なんて幾ら憧れようとルイには叶わぬ夢で、とっくに諦めている以上別段卑屈になったりなんてしないけれど。
「つまんない…」
もう一度呟いた所でガチャリとドアの開く。退屈を遮る来訪者にパッと顔を輝かせ振り向くと。
「…どーしたの?」
笑顔は光の速さで消え失せる。そこに居たのは「ルイ…頭が割れそうです…」声を絞り出し上体を屈め、今にも崩折れそうな骸だった。
「すみませんねぇ」
首、脇、足の付け根。全身のリンパに氷嚢を当てがわれた骸が下着一枚で冷却マットにぐたりと横たわり、掠れた声で漏らす。熱中症だ。
「死ぬかと思いましたよ」
力無く四肢を投げ出し天を仰ぐ彼の顔は火照っていながらしっかり青白い。左腕に繋いだ点滴の輸液量を調節しながらストローを挿し込んだ経口補水液のペットボトルを脇に置いてやる。
「飲めそう?無理なら良いよ」
「要ります。喉がカラカラだ」
一気に半分程飲んだ所でハーッと大きく息を吐き出すと、ルイもまた安堵の息を零す。自力で飲めるならば大丈夫だろう。安否が分かれば説教の一つもしたくなる。良い歳した大人が一体何をしているのかと。
「ちゃんと水分補給した?してないでしょー?」
小言が始まりそうな予感を察したのか骸は曖昧に笑って見せる。してたつもりだったんですけどねぇ、ぼそぼそ言い訳を零しながら。
彼は先程まで炎天下で取引を行っていたらしい。帰りに突然不調を感じたと思ったら、あれよあれよと言う間に酷い事になってしまったのだと。
「まさかこの僕が熱中症なんぞに…」
そのぼやき通り、本人の自覚も殆ど無いままにあっという間に重度へ進行し命を奪う、熱中症の恐ろしいと言われる所以だ。軽く済んで良かったと心から思う。
「熱中症ってめちゃくちゃ体のバランス崩すんだよ。今日はもうちゃんと寝てなきゃダメだからね。良くなっても向こう一ヶ月は安静に」
何時だったかリボーンが日本土産にとくれた団扇で風を送ってやると、骸は気持ち良さそうに切れ長の目を閉じ分かってますよ、と力無く笑った。その時。
ガチャリ、再度ドアが開く。
「居た…」
先程の骸と寸分違わぬ這々の態で入って来たのは、「吐きそう。頭痛い。助けて」真っ青な顔を伏せ口元に手を当てがう雲雀だった。
「全くもー…」
パンツ一枚で寝転がる男達には最早言葉も無い。ボンゴレ最強の看板を背負って立つ立派な成人男性二人が似たようなシチュエーションで同日同時刻に揃って熱中症。彼ら本当は仲が良いのではなかろうか。そしてパンツまでお揃いだなんて何のジョークなんだ。幸い本人達は気付いていないようなので口にはしないけれど。
「まだ気分悪い?」
「若干」
片腕を額に置いたきり身動きしない雲雀。幾分回復して来た骸も流石に今回は雲雀を揶揄えない。何を言うでも無くただぼんやりと虚空を仰いでいた。
「二人共今日は入院です。入浴は明日の状態次第」
「…ベタベタなんだけど」
「僕もです」
「ブッブー。ドクターストップです」
ちゃんと拭くから、言い掛けた所でまたしてもドアが開く。今度は誰だ。二度ある事は三度…嫌な予感にドアを見つめていると、そこには幸いにも元気な顔。
「失礼するよ」
以前爆破テロの際活躍してくれた恰幅の良いベテランナースのアンジェリカが入室して来る。その後にもう一人、ナース服にすらりと細い肢体を包んだ長身の女。ぎょっと目を剥く雲雀。
この女は。
「アンジー、潤さん。どうしたの?」
「あんたをランチに誘いにさ。毎日つまんなさそうにしてるからね」
呑気な会話を他所に、雲雀の太陽にやられきった頭はたちまちフル回転を始める。艶やかな長い黒髪、シャープな美貌、薄い唇に引かれた扇情的なボルドーのルージュ。雲雀はこの女を知っている。何故彼女がここに──
「あ、あなた達知らないんだったね。こちら先月から勤務してくれてるナースの香潤さん」
香潤。そう、あの女の名はシャンレンで、コードネームはローズ。中国の諜報機関のエージェントから独立しフリーに転身した腕利きの女スパイだ。過去に数度依頼をした事が有り、その際に肉体関係も持っている。
スパイらしいポーカーフェース振りで思考の読めない女と言う心象だったが、まさかナースに転身していたとは。否、これもスパイ活動の一環だと考えた方が自然だろう。顔見知りが居ると知っていながら何故ボンゴレに潜入などしているのか。
「初めまして。看護助手の香潤です。よろしくお願いします」
挨拶がてらにちらり。雲雀を見た潤の片目が細まり濡れた唇に弧を描かせる。雲雀だけに分かる様にほんの一瞬の動作。喋るな、と言う訳だ。逆らう理由も無いのですぐに知らん顔で視線を逸らしておく。ルイが居る以上関係を知られたいとは思えない。
「ランチ行きたいけど…ちょっと今無理だよねぇ」
病床の男達を振り返り苦笑いのルイ。アンジェリカは点滴のチューブに繋がれ冷却される彼らを見て即座に事態を飲み込んだらしい。立派な肩を揺らし豪快に笑う。
「おやおや熱中症かい。守護者様ともあろう方々がなっさけないねぇ。…しかしまぁ随分な眼福だこと」
細身で有りながら鍛え上げられた筋肉、しなやかに伸びた長い四肢。女ならば誰もが唾を飲む肉体美が二体、目の前に寝転んでいるのだ。決して過ぎた表現では無い。
「こりゃあんたも役得だね」
「え、ああ…うん?」
にやにや顔で肩を叩かれても容態の経過に集中していたルイの返事は曖昧だ。しかしながら改めて観察してみると彼らの肉体は何と言うか…
「確かに…眼福」
「セクハラ」
「セクハラですよ」
着用しているのはあらぬ箇所のラインが浮き彫りになるボクサーパンツのみ。しげしげと体を眺める女性達に、まな板の鯛状態の男二人から批判の声が上がった事は言う迄も無い。
「…フフッ」
ふと傍に控えたままの美しいナースが笑いを漏らす。女性にしては幾分低い声。クールで妖艶、そんな形容が相応しい美貌の女に恐ろしい程マッチした声だった。
「先生、代わりますわ。どうぞ息抜きに行かれて下さい」
ビジュー煌めくローズコサージュを飾ったナースサンダルをスタスタ鳴らして潤が二人の横たわるベッドまで歩いて来る。空気が揺れ、漂う柔らかなローズの香。
ああ、そうだ。こんな匂いだった。
雲雀の脳裏に細身だが豊満な肢体と絡まった時の記憶が過る。が、今はそれ所では無い。潤の目的が知れぬ以上この体の状態で一緒に居る事は避けたい。寝返り一つすら怠い身体を無理矢理起こすと人生で数える程しか経験の無い“ 演技”という物を始める。
「また気分悪くなって来た。ルイ、肩」
「え、あらら…ガーグル持って来ようか」
「要らない。トイレ」
ルイ、と明確に看護人を指定した上で、半ば強引にしかし不自然に見えぬよう注意を払いながら、ルイを狭い個室に連れ込んでバタンとドアを閉めた。
「あの女ナース装ったやり手のスパイだよ。何で居るのか知らないけど今同室とか無理」
声を潜めて話すと意外な事にルイは知ってる、と返して来たものだから驚いた。
「潤さんの経歴は医療チームのみリボーンに聞かされてるの。うっかり知っちゃってチームに不信感が走るとまずいからって」
「は…?リボーンが全て知った上で採用したって事?」
「うん。潤さんの持つ情報はボンゴレにとって有益だし、今は本当に只の見習いナースだから気にすんなだって」
「……」
リボーンは抜け目の無い男だ。危険因子をボンゴレに迎え入れるなんて愚行はあり得ない。信用して良いのだろうが…やはり疑問は残る。
「…何でスパイからナース?しかもボンゴレで」
「さぁ。リボーンに聞いて」
「……」
黙り込む雲雀にルイが小首を傾げる。
「それよりあなた潤さんの事知ってたんだ。流石世界を股にかける男…」
「顔とステータスくらいだよ」
余計な話は不要。実際彼女の事など殆ど知らないに等しいのだ。顔と名前と仕事ぶり、後は豊かな胸の下に一つ黒子がある事以外には。
何となくしっくり来ないものの、これ以上の言及はルイも疑問に思うだろう。こちらの関係を追求されたくもないので納得した顔をする他なかった。
ルイに支えられるふりをしつつトイレを出るとふと潤と目が合った。すぐに目を逸らそうとするも何故かまじまじと見つめて来るので反応しない訳にも行かず、素っ気なく「何」と聞いてみる。すると彼女、突如としてボルドーの唇をニヤリと吊り上げた。悪魔的な笑み、瞬時に背筋を走る悪寒。
この女、何か企んでいる。
警戒に身構えるよりも早く響く独特のウィスパーボイス。
「久しぶりね、キョーヤ」
「……」
呼ぶ者は殆ど居ない自分のファーストネームをはっきり声に乗せられて、骸の、アンジェリカの、そしてすぐ隣に佇むルイの視線が集中するのを痛い程に感じた。勿論特別な理由は無く彼女が勝手にそう呼んでいるだけで別段気にした事は無かったが、まさかそれが今仇になるとは。
スタスタ、凛と背筋の伸びた身姿が近付いて来る。
「あなたでも熱中症でダウンだなんて抜けた事するのね、意外。私の知るあなたからは考えられないわ」
スルリと顎を撫でる細く長い指先。「だけど…」囁きに近いセクシーな息漏れ声と共に指先がつつっと肌をなぞりながら下降して行く。止める間も無く黒いボクサーパンツのウエストゴムに差し込まれる人差し指。僅かに指先で持ち上げたかと思えば揶揄う様にパチン、と弾かれる。
「D&Gのボクサー。これは変わらずね」
もう言葉も無く白い手を払い退ける。隣のルイの表情などとてもでは無いが見れはしない。クフッ!片手で顔を覆い喉を鳴らす骸の何と忌々しい事か。
「成程」ぼそりと聞こえ、背に回っていたルイの腕がパッと解かれた。
「じゃー潤さん後お任せしますね、仲良しみたいだし。行こ」
言うが早いかアンジェリカの腰にスルリと腕を回しさっさと出て行ってしまうルイ。去り際こちらを振り向きもせずに「遠出はしませんから何かあればすぐに電話下さいね。何も無いでしょうけど」えらく薄情な言葉を残して。
「……」
ニコニコ手を振る潤とは対照的に呆然とその背を見送る雲雀は気付かない。骸が先程とは一転、妙に深刻な顔でルイの様子を眺めていた事を。