A tesoro mio
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フィオナを迎えに来た獄寺が軽い説明を残して去り、山本は昼食に出て行った。医務室には未だ病床で寛いだままの雲雀とフィオナのカルテをぼんやり眺めるルイだけ。
チクタクチクタク……壁掛け時計が規則的な音を響かせる。
雲雀は度々こうして用も無く第一医務室を訪れては、窓際の陽当たりの良いベッドで微睡んだりルイに軽食を要求したり自由に振舞っていた。かと言って怠けている訳では無く、彼は何時でも忙しい。
常に何かを追いかけていなければ退屈で死んでしまうというタイプの人間だが、人間である以上休養を取らねば身体が正しく機能しない。だから合間を見て休める時に休んでいるのだ。
ルイは彼がこの部屋を選ぶのは深く寝入ってしまうのを防ぐ為なのだろうと解釈していたから、何も言わず彼の好きなようにさせていた。彼と二人で静かに過ごすこの時間を、実はルイ自身も気に入っていたので。
しかし今は、いつもの顔で寝転がりリラックスしている雲雀を横目にルイの胸はズンと沈んでいる。出会ってから今まで、気付けばいつも彼からは気遣いを貰ってばかりだというのに、自分は何も返せないばかりか先程は酷い揶揄いまでしてしまったのだ。両親共に他界していただなんて。
「…ね、雲雀さん」
「何」
「さっきは御免なさい──あんな事言うべきじゃなかった」
振り向いた雲雀は一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐに気の無さげな相槌を返して来た。
「忘れて良いよ。あの子にも言ったけどずっと前の話だ」
言葉通り本当に何も感じてはいない。雰囲気からはありありとそれが伝わって来るが、だからと言ってはい分かりましたとは行かないものだ。しかし気にしてもいない事をしつこく謝罪するというのも…。ルイはどうするべきか分からず、ただずっと彼のやけに整ったかんばせを眺めるばかり。
暫くそうしていたが、不意に雲雀が俯いたかと思うと同時に突き出た喉仏がククッと音を漏らし震える。笑っている。ルイが真剣に悩んでいる時にさも可笑しそうに、しまいには口元まで覆って。
「…何よー」
思わず漏れた抗議の声に、漸く笑いの波が治まったらしき雲雀はそれでも口角は吊ったままで。
「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでよ。虐めたくなる」
「えぇー…」
「本当にもうずっと──子供の頃の事だよ。僕じゃ無くても今更なんじゃないの」
当然のように言われてもルイには良く分からない。実親に育てられた子供の気持ちなんて分からない。通常もっとずっと苦しい事なんだろうと思っていたから。
「…だったら少し聞いても?」
「何」
「どんな人だったの?あなたの御両親」
デリケートな問いにも雲雀は動じない。寝転んだままでゆるりと天を仰いでは懐かしそうにほんの少し口元を緩ませた。
「父は気弱な考古学者、母は気性の荒い容姿だけの大和撫子。婿養子だったし力関係は想像付くだろ?」
「OK──つまりパパンはママンのお尻に」
「ぺちゃんこだ。いつも幸せそうだったけど…今考えると不気味だね」
くつくつとまた喉が鳴る。
正直な所これは意外だった。雲雀の父親と言えば何となく厳格で融通の効かぬ寡黙な人間だというイメージがあったから、まさかの恐妻家だなんて。雲雀恭弥というかなり特殊な人格を持つ男を産み育てた両親にむくむくと興味が湧いて来る。楽しそうに邂逅しているくらいだ、もう少し聞いてみても良いのかも知れない。
「考古学って遺跡の発掘とかだよね?忙しかったんじゃないの?」
「発掘作業中に足を悪くしたらしくてね。結婚を機に研究職に変わったとかで、いつも家に居たよ」
「そう…パパン残念だったろうね」
「どうかな。楽しそうにしてたけどね。いつも僕を膝に乗せて変な物が載った本を読んでて…穏やかな人だったな」
ああ、幼かった雲雀はきっと父親が大好きだったのだろう。口振りや纏う空気感の柔らかさはきっと気のせいなんかじゃ無い。誰にもクールでドライな男が見せる親への確かな思慕に、ルイの胸はぎゅうと締め付けられるような苦しさと同時に温かなものが溢れ満たされる。
気性は随分異なるようだけれど、この若さで財団まで立ち上げた彼の探究心はひょっとして父親のそれを色濃く受け継いだのかも知れないとも思った。
では母親は?どんな人だったのだろう。
「ママンは何かお仕事を?」
「仕事っていうか──雲雀は代々並盛を治める家だったからね…跡継だった母もそうしてた。並盛の君主ってとこかな」
「わ、すごい。あなた世界中飛び回ってる場合じゃ無いんじゃないの」
やはり只者では無かった。妙に腑に落ちてしまう家柄に恐れ入ったとばかりに両腕が自然と上がる。しかし──雲雀の並盛愛は相当な物だと噂に聞く。自由気儘な男だが、家を継ぐ事は考えなかったのだろうか。
「家継ぎなんて興味無いし僕は好きにやるよ。並盛に居ないからって守れない訳じゃ無い」
雲雀らしい言葉だ。きっと今この瞬間にも彼の息の掛かった者らが齷齪と愛する並盛を統治しているに違いない。
「そう…ね、御両親は…ううん何でもない」
深追いし過ぎだ。死因など聞いてどうする。不躾な口を慌てて取り繕うも振り向いた雲雀は暫しルイを見つめ、だがこれといって変わらぬ様子で答えてくれた。
「父は出先で起こった災害、母はそれからすぐ病気でね。僕が六つの頃だった」
それから中学に上がるまでは代々雲雀の家に仕えていた草壁家の、つまり草壁哲矢の両親が何くれとなく世話を焼いてくれ、今でも雲雀宅の管理を任せてあるのだとか。
哀しい話だ。何と言えば良いものか。ルイにはぼんやり虚空を見つめる雲雀の心情を推し量りながら目を伏せる以外に無く。
ルイにとっては少々気まずい沈黙、だが雲雀の想いは全く別の所に馳せられていたらしい。
「…並盛」
「え?」
「しばらく帰ってないんだ。別に変わりは無いだろうけど」
何気無い呟きに込められた郷愁。彼の大切な場所、そしてボンゴレ10代目守護者達の集った町。「どんな所なの」問えば「並」実に簡潔な返事。
「強いて言えば桜の名所があるくらいかな」
「サクラ…日本の散歩道の?」
「うん」
ローマ中心部から地下鉄で南に20分程のエウル地区に、湖をぐるりと一周する桜並木がある。かつて日本の首相が国を代表する植物を記念植樹をした事から“日本の散歩道”と命名されたこのプロムナードでは、毎年春になると薄紅の花弁が舞い踊っては湖を彩りそれはそれは美しい風情を見せるのだとか。
「ソメイ何とか──綺麗なんだってね」
大きな幹とピンクの花。ルイにはその程度の認識しか無いけれど、美しい物は好きだ。是非満開と言われる時期に観てみたい、そう言えば雲雀は肩を竦める。
「ソメイヨシノ。エウルも綺麗だけど期待してるなら勧められない。もう枯れてる木も多いから」
「あら残念」
イタリアにも桜が無い訳では無いけれど、ルイの思うそれとは違いもっと白くてサクランボの実がなる品種。観たいのは薄紅の花を咲かせるソメイヨシノなのだ。それはイタリアではルイの知る限りエウルにしか存在しない。
「来年の今頃」
「ん?」
「並盛に帰るから時間あるなら一緒に来れば?」
現在並盛神社の地下に財団施設を建設中で、完成が来年の三月末なのだと言う。桜の名所というのは正にその並盛神社であり、本当に並な並盛町がこの時ばかりは各地から花見目的の人間で溢れ返る程見事な様を呈すらしい。
「ついでに日本案内してあげるよ」そう付け足す雲雀に俄然胸が踊り出す。
「休み取るから忘れちゃダメだよ!京都行ってみたい!」
念を込めて涼しい顔をじっと見つめると、彼は「好きに決めれば」可笑しそうに笑った。