A tesoro mio
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「お前、ほんとここ好きなのなー」
第一医務室、訳の分からぬままに幼子を連れ入室した山本が呆れたように笑う。視線の先にはごろりとベッドに寝転び惰眠を貪っていたらしき雲雀。怠そうに上体を起しふぁ、と欠伸をしながら目を擦る様は何処ぞの気ままな黒猫そのものだ。
「あ、もしかして好きなのはルイ先生か?」
反撃覚悟の揶揄いも雲雀はあっさり無視して山本の背後にちんまりと佇む少女に目を向けた。
「誰だいその子」
「うっわつまんね」
ここ数年の内にこの男は随分とスルースキルが磨かれたように感じる。学生時代はほんの些細な事でもトンファーを振り回していた癖に、社交性を求められる財団のトップともなるとやはり自然に大人になって行くものなのだろうか。
「ね、あなたどこか痛いの?」
カルテを整理していた手を止めスタスタ歩み寄るとフィオナの前にしゃがみ込み目線を合わせるルイ。
「お姉ちゃん、お医者さん?」
「うん。悪いとこ治してあげる。言ってごらん」
山本と雲雀はふと顔を見合わせた。痛い、などと何故思うのだろう。お世辞にも健康そうとは言えぬ痩せっぽちの子供ではあるが怪我の様子などは見受けられないのに。
しかし医師であるルイの目にははっきりと見えていた。彼女が僅かに前傾姿勢である事、入室して来た際に見えた歩き方が妙に直線的だった事。腰か足を痛めているのかも知れない。
フィオナはじっとルイを見つめるもすぐにふるふると首を振った。
「治せないよ。どんなに偉いお医者さんでも治せないんだって」
「どうして?」
「すごく難しい病気なの。シャマルのおじさんもだめだった」
「せんせーが?まさか…あっ!もしかして…」
咄嗟に目を見開いたルイはゆっくりと立ち上がった。整理中のカルテから一つを選び出し、再びフィオナの前に座る。ぱらぱらとページを捲り止めた所でフィオナを見やり、柔らかく目を細め問い掛けた。
「あなたはフィオナ?マルクスの可愛いお姫様?」
ピクリ、男達の耳が反応した。マルクス・アドリアーノと言えば依然謎に包まれたままの事件の主謀者では無いか。何故その男の娘が此処に。
「そうよ。それ、私のカルテ?」
「そ。シャマルせんせーが残してくれてた、ね」
答えながらルイの脳は何時かの記憶を邂逅していた。一年程前、シャマルと久しぶりに会った春の花咲き乱れる陽気な日の事。
“まーだ7歳の女の子なんだよなぁ。マルクスっつー気のいい構成員の娘でな。何とか治してやりてーモンだが…”
青い空を見上げ呟いた敬愛する師の遣る瀬無い表情に胸が痛んだ事をはっきりと覚えている。
依然病理すらもはっきりと分かっていない珍しい遺伝子疾患。容態から見てそう長くは生きられないだろうとの診断を下さざるを得なかったのだと。せめて短い生を充分に楽しんだ上で安らかな最期を迎えられるようにと、小児の治療と何れは緩和ケアまでを並行して行える近隣の病院を手配したと言っていた。
マルクス・アドリアーノが事件を起こしたと聞いた時、どこかで耳にした名だと思ったのだがそうか、この時だったのか。
たった8歳の娘は父親の事を、自らを襲う病気の事を、どのように聞きどのように受け止めたのだろう。
何とも言えぬ気持ちでルイが小さな娘を見つめていた所、山本があっと声を上げた。
「獄寺に何か食わしてやってくれって言われてたのな」
空気を読んだのかそうでないのかニカッと人懐っこい笑顔を向けて。
「何食いたい?この屋敷何でも揃ってっから遠慮無く言えよー!」
フィオナは良く喋る子で、食事中色んな事を話してくれた。昨日母親と庭の野菜でサラダを作った事、ピノッキオの冒険のお話が大好きな事、身体がズキズキ痛んで力が入らない時がある事、父親がお星様になってもう会えなくなってしまった事、けれどいつも心の中に居る事。
辛い筈の病気に負けず無邪気に笑うフィオナ。大人達はそれぞれ複雑な思いを抱えながら美味しそうにきのこのリゾットを頬張る彼女を見守っていたが、ふとフィオナが未だベッドに寝転がったままの雲雀に話し掛けた。
「お兄ちゃんも病気なの?」
「違う。昼寝」
「病室のベッドは元気な人が寝ちゃいけないんだよ!」
鬼の首を取った様に雲雀を指差し、ルイに山本に同意を求めるが如く大きな目で訴え掛ける。ねぇ、そうでしょ!?と。本当に無邪気な事だと思わず二人が笑いかけた所、フィオナは更に言い募る。
「それに、スーツのままベッドだなんて!お兄ちゃんのママンに言いつけちゃうからね!」
「「ブフッ!」」
今度は堪え切れなかった。あの雲雀恭弥相手に子供とは恐ろしいものだ。
「だってよヒバリ、起きろ起きろー。ママンに怒られちまうぞー?」
「これっいけませんよきょーくん!クフッ!」
ぷるぷる震えながら揶揄う彼らに、流石に雲雀の腕が怪しげな動きを見せるも子供の眼前でそれは憚られたらしい。フンと鼻を鳴らすに留まった。
「僕のママンはとっくにお星様だ。残念だったね」
素っ気無い雲雀に山本が「お、」と笑いを止め、ルイはパッと口元を覆った。知らなかったとはいえ不謹慎な事を言ってしまった。
雲雀は今年で22。通常ならば母親は未だ存命の筈だが、口振りからはどうも相当前に亡くなっていると予測される。
そう言えば──。
山本はふと気付く。知り合ってからは随分経つものの雲雀のプライベートは殆ど何も知らない事に。結構な名家出身だとの噂は耳に覚えがあるが正確な事は知らずに今迄来た。彼は自分からは何も話しはしないのだ。
ただ今の様子を伺った限り、聞けば案外あっさり答えてくれるのかも知れないと山本の中で急激に興味が膨らむ。
そんじゃあさ──父親は?そう訊く前に少女の声が同じ問いを投げ掛ける。
「彼もさ。どうして?」
「お兄ちゃん、寂しくないの?私はすごく寂しい…二人共居なくなっちゃうなんて嫌」
「別に。随分前の事だから」
父親もか。えらくあっさりしたものだ。この無機質な男に果たして親への思慕は存在するのだろうか。
彼とて喜怒哀楽を持ち合わせている事は知っているけれど、それが愛という類のものになった場合山本にはどうにもピンと来ない。雲雀とは、人を愛せる人間なのだろうか。
傍らでじっと雲雀を見つめているルイを見遣る。雲雀がこの優秀な女医を気に入っているらしい事は山本の中で確定事項となっていたが、それは果たして男女間の恋情なのか何なのか。単純に容姿が好みだとか才に秀でているが故の興味だとか。先日XANXUSと一悶着起こした話は綱吉から伝え聞いたがどうやらあれで中々気性の荒い面も有るらしく、そんな所も雲雀は好みそうだとは思う。但し捩じ伏せたくなる相手として。
彼女に対する思いは一体何だ。この率直な疑問も訊けば答えてくれるのだろうか。知ったからと言ってどうなるものでも無いけれど。
かちゃり。不意に開かれたドアに山本の思考は遮られた。