A tesoro mio
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それは、突然の来訪だった。
「マルクスの奥さん…?」
「ええ…どうされますか?」
この絢爛豪華なマフィアの巣窟には相応しくない見窄らしい女が、ボロを纏った幼子の手を引きこの日唐突にボンゴレ本部の門戸を叩いたのだ。先日帰らぬ人となったボンゴレの元構成員、マルクス・アドリアーノの妻レベッカとその娘フィオナだった。
話は数ヶ月前に遡る。
丁度雲雀達がローマに出向いていた頃の事だった。直前までこの屋敷で10代目ファミリーとして活動していたマルクス・アドリアーノがボンゴレの機密情報と共に姿を消したのは。
ただちに捜索を開始したが、程なくして彼はナポリのガリバルディ地区の雑木林で遺体となって見つかった。
アドリアーノが何故事に及んだのかその目的は不明。敵対マフィアならば喉から手が出る程欲しがるボンゴレの機密を土産に何処かのファミリーに寝返ろうとしたのか、それとも何か他の理由があるのか。そして彼を殺したのは誰なのか。
何れにせよその情報とは漏洩防止の為のガセであり、本物はトップオブトップの守護者陣で厳重管理してある。故にボンゴレ側としては鬼気迫る程の問題でも無いのだが、当然無視は出来ない。放置していれば厄災の引き金ともなり兼ねない本件については引き続き調査が行われている。
動機は分からずも裏切り者の烙印を押された男の妻が今頃一体何の用だろう。当時夫の行為を告げた時の彼女は何も知らぬ様子で呆然としていたと聴取を行った部下から報告を受けており、綱吉としては少し気になってはいたのだが。
「えらくやつれてましたよ。当然っちゃ当然かも知れませんが…」
ガキまでガリガリになっちまってて。神妙な顔で眉根に皺を寄せる獄寺からは、遺された母子への警戒と同時に配慮も感じられ、綱吉は迷い無くこくりと頷いた。
「通してあげて。 執務室で聞くから獄寺君も一緒にお願い」
「了解っす」
対面した妻レベッカは酷い様子だった。頰は痩けこけ白髪もまばら、未だ30も数えぬ若い女の筈がまるで20も年上の様に老け込んでいた。子供も似たり寄ったりで、骨と皮の小さな身体に目だけがぎょろりと大きく不気味な様相を呈している。
彼女が話すには、夫が亡くなって以降収入が途絶え貧困に喘いでいる、大変恐縮な申し出ではあるがどうか援助を頂けないかという事だ。何でも今年8歳になる娘には疾患が有り、彼女の医療費を含めるととても国からの援助だけではやって行けず、現状は最早明日食う物にも困る有様だと言う。
助けてやりたいのは山々だが何せボンゴレを裏切った男の遺族、援助となると他の者に示しが付かぬと綱吉は深く頭を悩ませる。傍に控えた獄寺も同じようで、何とも返事に困窮している合間にレベッカがその場にがくりと座り込み床に額を擦り付けた。
「お願いします、お願いします…もう頼れるのはこちらだけなんです…!治療を受けられなければこの子は…!」
「ちょ、ちょっと…!奥さん顔上げて下さい…獄寺君、フィオナちゃんを外に!」
「は、はい!」
子供に見せるべき場面では無い。慌てて獄寺が連れ出そうとした所、コンコン、ノックの音と共にひょっこり現れる呑気な笑顔。
「ツナ〜、飯食い行かね〜?…ん?取り込み中か」
「!野球バカ!」
丁度良い所に!パッと目を輝かせた獄寺から見知らぬ幼女を押し付けられた山本は視線を右往左往させる。
「何だ?誰だこの子…とその人」
「いーからちっとその子…名前フィオナな!そうだな、医務室!ルイんとこ連れてって一緒に遊んでやって…あ、身体使う遊びは厳禁な──それと何か食わしてやってくれよ、胃に優しいモン。頼んだぜ!」
バタン!
「???」
食い気味に用件を並べると、話が飲み込めず首を傾げる山本をフィオナごと外へ締め出しドアを閉める。
気遣いの紳士獄寺の本領発揮だ。
山本が全て覚えられたかはさて置き流石獄寺だと感心しつつ綱吉は首を垂れるレベッカの肩にそっと手を置き顔を上げさせた。涙を堪えた青い瞳に胸が痛む。
「マルクスは──あの人は、裏切りなんてする人では有りません…きっと、何か事情が…」
「……」
耐え切れず啜り泣くレベッカの言う通り、綱吉達の知るマルクスは善良な男だった。品行方正で──マフィアをそう例えるのも妙な話ではあるが──人に優しくユーモラスで、誰からも好かれる男だった筈だ。だからこそ彼が機密を持ち逃げしたと分かった時誰もが耳を疑ったし彼の死後の調査にも全力で取り組んだのだ。しかし結果としては何も解明されぬまま。
綱吉は好き勝手に跳ねるススキ色の髪をガシガシと掻きながら言葉を選び選び口を開く。
「ええ、勿論──俺達もマルクスが裏切り者だなんて思いたくありません…彼は良きファミリーでした。ただ状況が状況である以上…」
「もしかして…」
はたとレベッカが顔を上げた。
「はい?」
「もしかして、彼は…あの子の為に…」
「フィオナちゃんの為…?どういう事です?」
床に頽れたままのレベッカを柔らかなソファへ座らせてあげ自分は膝を折り目線を合わせる。彼女が落ち着いて話易いように、優しく肩をさすってあげながら。
「…あの人が暴挙に出る数日前、妙な事を言っていたんです。フィオナが助かると」
「…と言うのは」
「フィオナは難病で持って数年の命…現在の医学では完治させる術は無いと言われていたんです。けれどあの日彼は、最近知り合った遺伝子学研究チームに必ず治せると言われたから打ち合わせに行って来ると…」
レベッカの涙で濡れた顔に揺れる青い瞳。
「けれど、私には信じられなくて。何処の病院を回っても──シャマル先生でさえ首を横に振った病気です」
「シャマルが?」
「それすらほんの一年前の話で。一年でそんなに医学が発展する筈が…だから、胡散臭い人達に騙されているんじゃないかって…。詳しく聞いても心配するなとそれしか言ってくれなくて、それからすぐにあんな事に…」
「……」
これは、タイミング的にどうも匂うと感じた。シャマルはあれでいてやはり自他共に認めるスーパードクター。知識、技術、常に全て最新のものを学び医療に励んでいる。レベッカの言う通り、たった一年如きでそこまで医学が発達するだろうか。もし本当であれば当然シャマルの耳にも届いている筈だし、ならば必ずそれをアドリアーノ夫妻に報告しているだろう。例えその時世界のどこに居たとしても。シャマルとはそういう男だ。
「遺伝子研究チーム…」
その言葉を噛み砕くように思考しながら、綱吉は若干鋭さを帯びた琥珀の瞳で獄寺を振り向いた。優秀な右腕はすぐにこくりと頷く。
「その線で洗い直します。それに──この部屋に食事を運ばせても宜しいでしょうか?」
ちらりとレベッカを見遣る獄寺。すっかり痩せこけてしまった女に、ファミリーの目を気にする事無く温かく栄養のある物を食べさせてあげたいのだろう。
「うん。俺の分もお願いして良いかな」
一人では食べ辛いだろうと思い付け足すと、意を汲んだ獄寺は満足そうに「俺もご一緒させて頂きます」と少しだけ表情を緩めた。