A tesoro mio
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「メシの準備が出来たぞ。待たせて申し訳ねぇ。ゲストルーム貸切ってっからゆっくりしてくれ」
ボルサリーノを深く被り直しつつリボーンが入室して来る。彼が獲物を交わらせたままのルイを一瞥すると存外素直に腕は下げられ、同時に室内を支配する二つの凶悪な炎がすぅと退いて行った。チッ、舌打ちと共に踵を返すXANXUS。成り行きを見守っていたスクアーロが「邪魔したなぁ」と後を追うと、あっけらかんとベルフェゴールが白状した。
「わりーわりー。隊長にやっぱメシいるって伝えとけって言われてたんだよな。すっかり忘れてた。あっコレ内緒な」
しゃあしゃあと言い放つと唖然と固まるドン・ボンゴレの事なぞ知らん顔でルイの方に目をやる。
「なー機嫌治して王子と遊び行かね?行こーぜ」
無遠慮に彼女の白い手を掴みぐっと引こうするもルイはそっとその手を解いて。
「手は…ほら、躓いた時危ないでしょ」
「神経質だねーお前。つーか行こーぜ」
「やだ。ちゃんとご飯食べて来なよ」
「ししっ可愛くねーの」
まーいいや、じゃーな。出て行くベルフェゴールに綱吉は何だかトドメの一撃を食らった気分だ。結局はヴァリアーサイドの落ち度ではないか。とんだとばっちり。
「ったくバカ弟子が。おめーが医務室壊しちゃしめーだろーが」
「分かってるよ。すいませんでした」
すっかりクールダウンした様子のルイは素直に謝るとギラリ光るメスをしまい自室のドアをノックする。
「正ちゃんごめんね。もう出て来ていいよ」
そして「ドア嵌めといて」誰にともなく言い残すと白衣を放り投げふらり出て行ってしまった。綱吉の脳は未だ事態を上手く噛み砕けてはいない。
「…ルイちゃんでも怒る事あるんだな」
「あの子短気だよ」
「はい?…ヒバリさん、怒らせた事あるんですか?」
「ゾクゾクするよね、あの殺気。続き見たかったな」
答えにならない返事を残して雲雀も退室して行く。
「……」
雲雀には綱吉の知らないルイの側面が見えているらしい。まさかこれ幸いと彼女をトレーニングルームに誘うつもりではなかろうか。不吉な予感にパッと振り向くも骸もリボーンも動く気配は無い。
「な、なぁ。止めなくて良いの?こんな状況でヒバリさんとバトルとかなったら…」
「なりませんよ。多分ね。揶揄い半分宥めに行ったのでは?」
「…宥め?ヒバリさんが?」
「お気になさらず。…アルコバレーノ、あなたは良いのですか?」
話を振られたリボーンは苦虫を噛み潰したような顔で。
「ガキじゃねーんだ。好きにすりゃ良い」
いまいち話が読めないがこのままで良いらしい。ドッと押し寄せて来た心労にこの流れの理由を深追いする気にもなれず、綱吉も早々に医務室を退散する事にした。
「何であんなキレてたの?」
「あいつ嫌いだから」
広い廊下に出て早速捕まえた背中からは明朗な返事。
「あの支配者気質ほんと受け付けない。無理。嫌い嫌い大っ嫌い。だーいっ嫌い!」
スタスタスタスタ。元来凛と背筋を伸ばし颯爽と歩く女ではあるが今は特大の大股、不機嫌を隠す気は更々無いらしい。取り繕う必要の無い相手だと認識されているのだろうが、それは良い事なのかどうなのか。
「どこにも属したくないからフリーで仕事を?」
「自由が良いの。従属なんて、ねぇ?」
「拘るね」
「拘るよ。だからあいつみたいなタイプ本当にダメ、無理」
「ふぅん」
分からないでは無いが何故だろう、同じく自由を好む雲雀とルイのそれは似て非なるもののように思えた。何というか雲雀は生来持っている気質として自由である事が当然の大前提で、故にわざわざ拘りもしなければ執着も無い。
だからこそ度々“自由で居たい、自由が良い”そう主張する彼女からはまるで掴み取ったそれに必死にしがみついているような印象を受けてしまうのだ。彼女曰く“支配的気質”を持つXANXUSに、それこそ憎悪にも似た激情を向ける程に。
──誰かの籠の鳥にでもされていたのだろうか。
ふと過った考えは口にはしない。この世界で過去を探るのはタブーだから。少なくとも今の自分達程度の関係では。
角を曲がり豪奢な吹き抜けの階段に差し掛かり気付けばもうロビー。アウターもバッグも持たない癖に迷いなく玄関へ向かうルイ。どうせいつかのように頭に血を上らせ飛び出して、今更後に引けなくなってしまっているのだろう。
「どこ行くの?」
「どこ連れてってくれるの?」
「ワオ。そう来る?」
まるで雲雀がエスコートするのは当然だと言わんばかりの態度は身勝手で奔放この上ない。呆れ返る性格だがそんな所すら魅力を放って見えるのだからどうしようもない。
「いちいち拘らなくても君は自由だと思うよ。ちょっと自制した方が良いくらいには」
「ねぇお腹空いた。今XANXUSが食べてるのより美味しい物が食べたい。あなた海鮮とお肉どっちが良い?私は海鮮」
「人の話聞…もういいや。ほら」
一歩屋敷から踏み出せばたちまち襲い来る寒風。三月のシチリアといえど夜はまだまだ真冬並みだ。いつも冷たいルイの白い手を冷気から庇ってあげたくてそっと取る。いつかの夜のように。しかしふと先程微妙な理由でベルフェゴールの手を払っていたシーンが思い出される。
「嫌なんだっけ?手」
「え?」
「あの金髪に言ってただろ」
聞けばルイは目を瞬かせて、珍しく動揺したように視線を泳がせ始めた。
「あ──…あれは、ちょっと気が立ってて。別に嫌じゃないよ」
「?何慌ててるの」
「何でも…」
そうか、気が立っていただけか。さて、今夜はどこに付き合わされるのだろう。広大な庭の片隅の駐車場へ歩を進めながら楽しい時間の始まりに雲雀は腹の中でほくそ笑んだ。
繋がれた手から伝わる体温を感じながら、ルイは吐いた嘘を振り返る。
正直嫌いだ。男に必要も無く触れられるのは。けれど…
雲雀にこうされるのは気にならない。教会へ行った夜も泥酔した帰り道もバレンタインの時も。見た目よりゴツゴツ硬いその手で優しく慈しむように包まれる度、何ともつかぬ柔らかな心持ちになるのだ。
不意に脳裏に甦る数日前の事。ルイの白衣のポケットに一枚のプリントをこそり忍び込ませてビアンキが悪戯っぽく眦を笑わせた。
──毎年の行事なのよ。
ボンゴレでは毎年この時期に抱かれたい男ランキングなるものが行われていて、渡されたのはその投票用紙。去年はリボーンが一位に輝きその後ろに骸が続いたと。男達には内緒ね、付け足された言葉に思わず吹き出してしまった。
「リボーンはとにかく上手そうって理由が多かったわね。私だけが知っていれば良い事だけど」
「成程…じゃあ骸は?」
「紳士的に優しく抱いてくれそうですって。そうそう、ヒバリも上位に居たわよ。あの声で咬み殺されたいって」
ちらり、隣を歩く男の顔をちらり盗み見る。
「……」
あの声で咬み殺されたいだなんて。意に沿う報酬さえ支払えば幾らでもそうして貰えるでしょう──せり上がって来る冷ややかな感情。
ただ声は。彼の声は良いと感じる。低くて落ち着いていて、しっとりと耳に入り込み心地良く脳に響く。寝物語に口を開けばこれ程に素晴らしい音も無いのだろう。
ふと思う。彼はどんな風に女を抱くのかと。あの双眸で、あの声で。平素通りに傍若無人なのか、意外にも丁寧に扱うのかも知れない。世の男達が所詮高嶺の花と溜息を零す良い女を幾人も虜にして離さぬ独特の魅力を放つ浮雲。惚れた女にだけは奥手な可愛い所のある男。その可愛さが息苦しいと感じるのはどうして。誰にだって冷淡な男で有れば良いのに、そう願ってしまう心理は如何に。
ああいけない、胸の奥底から警鐘が響く。雲雀は例え彼がどのような人間であったとしても男なのだ。深追いなどすべきではない。そう、彼は忌々しい事この上無い男という性を持った生物なのだから。
「何?」
「何でも…。ね、ドルチェの美味しいお店が良い」
「君食べるの好きだね。歳食った時が楽しみだ」
「ブッブー私は頭使ってるから太りません」
視線を感じたのか振り向いた雲雀に慌てて取り繕う。心地良かった筈の体温が今はやけに胸を騒つかせた。