A tesoro mio
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「僕は寧ろ被害者ですよ。彼が突然殴り掛かって来たんです」
「僕は悪くない。こいつの頭がおかしいだけ」
傷だらけの大人二人は責任の所在を追及された訳でも無いのに罪を擦り付け合い忌々し気に睨み合っている。手当てをするルイを横目に京子もハルもすっかりティータイムに戻っていて別段怯える素振りも無い。噂に聞く骸と雲雀の派手な諍い、それが本当に日常的な光景である事を知り閉口してしまった。
「頭おかしいのは君でしょう。チョコの一つくらいで」
「凄く甘い物が食べたい気分だったんだよ。大体それが人の物勝手に取ったやつの言い草?」
「君がいつまでも放ったらかしてるから無駄にも邪魔にもならないよう回収してあげてるんでしょうが。感謝されど殴られる覚えは無い」
「廊下に置いてあるのならともかく普通に考えて部屋の机の上にあるのまで食べないだろ。バカじゃないの」
「毎年誰からであろうと受け取り拒否を貫いてるからこそそれが貰い物に見えれば机の上だろうが下だろうが不要物と判断するのが普通ですよ」
ピクリ。縫合中の雲雀の腕に力が入り慌てて「ダメだよ」と牽制するルイ。この医務室はルイの領域であり争いを許す訳には行かない。絶対だ。
兎にも角にもどうやら雲雀は食べるつもりだった貰い物のチョコレートを私室の机に置いていた所、入室して来た骸に無断で食べられてしまい激怒していたようだ。本気の喧嘩の原因がチョコ一つとはまた随分と馬鹿馬鹿しい。
が、ルイの優秀な脳は其処で思考停止などせずただちに一つの仮説を積み上げた。
前提として雲雀は基本的にチョコは受け取ろうとしない。しかし今年は食べられて本気でキレる程に拘るそれが一つだけあった。それはもしや彼の想い人──ヒステリックな笑みと冷たい目が堪らない女性からの贈り物ではないのか、と。
ズキリと再び心臓が軋む。どうしてこんな風になってしまうのか…思考に先立って頭の中で激しい警鐘が響く。そこは曖昧なままで良い、余計な事は考えるべきでは無いのだと。数日前に味わった感覚と全く同じそれを目前の怪我に集中する事で振り払いやや深い傷口の縫合を完了した。
「大体何故あのチョコに拘るんです。食べたい気分というならば他にも沢山貰ってるではないですか」
追求する骸。もう余計な詮索などしなければ良いものを。ルイはこれ以上この話を聞きたくはないのに。しかし雲雀は尚も言い返す。
「僕は良く分からない人間に渡された不審物なんて口に出来ないんだよ。君と違って毒を嗅ぎ分けるとち狂った嗅覚なんて持ってないからね。あれだけは安全がはっきりして─」
言い掛けてしまったとばかりに引き攣った雲雀の一瞬を逃さずニヤリとお得意の悪い笑みで追撃する骸。
「つまりあのチョコは君が自分の意思で受け取ったという事ですね?それはそれは…お相手はどちらで?」
「ねぇ!」
堪らず大声で割り込んでしまった。幼稚な男二人が驚きに振り返るが口早に続ける。わざわざ相手など聞かなくてももう充分だ。雲雀の反応が例の女だと告げている。もう聞きたくない。
「もうやめてよ。そんな事であっちこっち破壊なんて大迷惑だから」
「ですから僕は突然攻撃されただけで「分かったってば!」
骸の見事な腹筋に一筋走る傷に被覆材を貼り付け「はい終わり!」上からバシッと叩く。非難の呻きは無視して立ち上がるとデスクの引き出しから何やら取り出して、何ですか、言い掛けた骸の口に押し込む。
「むぐっ」
怪訝な顔をする雲雀にも同じ様に、ついでに自分の口にも半ば投げやりに放り込んで笑った。
「糖分足りてないからカリカリするんだって。…ああ雲雀さん、毒なんて入ってないからね」
先日ローマで買ったチョコレート、雲雀に渡したのと同じカカオの香り豊かなカレ・ド・クーベルチュール。とても美味しい。けれど同じ物だなんて雲雀はきっと気付かない。口にする事も無く不審物と称されたその他大勢のチョコレートと共にその辺に放置しているに決まってるから。
日本の風習に乗っかったバレンタインはきっとこのまま、ビターなその味以上に苦々しい記憶と化してしまうのだろう。余計な事はしなければ良かったと睫毛を伏せるルイの傍ら、不意に骸が「成程」とぼそり。雲雀が彼をギロリと睨み付ける。
「これは申し訳無い事をしましたね。今回は僕が謝っておきましょう…では」
唐突な謝罪の後骸は踵を返して去って行ってしまう。いまいち状況が掴めないが取り敢えず喧嘩は終わったと見て良いのだろうか。
かちゃりと閉まる扉をぼんやり見つめていると、ねえ、低い声に呼ばれた。振り返ると雲雀が開けっ放したままの引き出しの中から、先程彼らの口に放り込んだチョコレートの箱を取り出し軽く掲げてくる。
「これ貰っていい?」
これはこれはお気に召してくれたようで何より。だが気分はすっきりしない。わざわざ開封した物でなくとも彼には綺麗にラッピングされた同じ物を渡しているのに。気付きもせずに不審物の山に埋もれさせている癖に。
八つ当たりめいた感情がうっかり態度に出そうになって慌てて自制する。つい最近似たような事を反省したばかり、繰り返してはいけない。彼は何も悪くないのだから。
「どーぞ…そのチョコお好みだった?昨日あなたに渡したのと同じだから探せば出て来るよ」
それでもやはり棘を孕ませた返答をしてしまう自分の狭量さが嫌になる。
雲雀は珍しく狼狽えた様に視線を彷徨わせ、ルイの顔を見てはすぐに目を逸らし──もう無い。ぼそりと零した。
「え?」
「………もう出て来ないって言ってる。じゃあね」
言いながらさっさと出て行ってしまった。途端に静かになる医務室。もう出て来ないとは。既に廃棄なり譲渡なりしたという事か。わざわざ教えてくれなくても良かったのに。胸の辺りからぞわりと酷く不快な感覚がせり上がり息が苦しくなる。立ち尽くしているとハルがキョトンと首を傾げて覗き込んで来た。
「ルイ先生、ヒバリさんにチョコレートあげたんですか?」
「え…うん。ちょっと仕事で世話になって。帰りにショコラトリーにも付き合わせちゃったし…」
「それが今お二人に食べさせたのと同じ物?」
「そう。同じの自分用にも買ってたから」
顔を見合わせるハルと京子。
「ハル何か分かっちゃいました」
「私も」
クスクス笑いながら言う二人に何が、と問うと予想外の答えが返って来る。
「ヒバリさんが骸さんに食べられちゃったチョコレート、ルイちゃんが渡したのだったんだよ」
「…は?」
「今ルイちゃんが食べさせたチョコレートと同じ味だったから、骸さんもルイちゃんから貰ったのだったんだってピンと来て謝ったんじゃないのかな」
「……」
雲雀はあれだけは安全がはっきりしている、と言い掛けた。案外そうなのかも知れない。目の前で購入して直接渡したのだから確かに不審物も何も無いだろう。
では惚れた女からだの何だのは勝手に深読みし過ぎていただけなのか。けれど。
「…じゃーどうしてそう言わないの。隠さなくても」
「言うに言えなかったんですよ!普段は誰からだろうと受け取り拒否してるって骸さんが言っちゃった手前、ルイ先生から貰ったのだけは食べますってちょっと言い辛いじゃないですか~」
「……」
「けど結局自分から貰って行っちゃったね。何か可愛いね、ヒバリさん」
それは、本当なのだろうか。
「ちょっと動揺してたよね?」
「はひ!目泳いでましたね!」
クールな男を弄り盛り上がる二人をぼんやり見つめながら、先程迄のドロドロした物がすうっと消えて行くのを感じる。代わりに湧き上がって来る気持ちは…
絶対では無い、違うのかも知れない。けれどそうであれば良い。気付けば笑みが浮かんでいて使用済みの医療器具を片付ける腕も心持ち軽くなった気がする。
消毒用のタンクに器具を放り込むルイの後ろ姿を目に、ルイちゃん嬉しそうだね。もしかして、もしかしてですかね?二人がヒソヒソ話していた事を、ルイは知らない。