A tesoro mio
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「ルイ先生、お帰りなさい!」
翌日の昼下がり。すっかり平常勤務に戻り第一医務室で仕事をしていたルイの耳に元気な声が飛び込んで来た。京子とハルだ。その手には白くて四角い紙の箱。
「バレンタインにみんなに作ったの。ルイちゃん昨日居なかったから」
少しは日持ちするから大丈夫だよ、にこにこ顔で渡された箱を開けば小さめのホールケーキ。濃い茶色の生地に真っ白な粉砂糖が振り掛けられたガトーショコラだ。今日は患者らしい患者も居らず丁度これからメレンダを楽しもうとしていた所、良いタイミングでの素敵なドルチェのプレゼント。
「ありがとう!ね、時間あるならお茶してかない?」
女三人集まれば忽ち会話に花が咲く。試作したケーキの失敗談やお勧めドルチェ、トレンドのファッションに音楽などなど。中でも一番盛り上がるのは人間関係や恋愛模様で。その流れでふと京子が教えてくれた情報はルイに驚愕を与えた。
「えーっ彼女!了平さんに!?」
「そうなの!びっくりでしょあのお兄ちゃんに」
何とあの了平に最近恋人が出来たらしい。相手は同じ並盛中学の卒業生で京子とハルの友達、黒川花と言うのだとか。
「わぁ〜…了平さんそういうのとは全然無縁なのかと…」
「ねー、お兄ちゃんもだけど花って落ち着いた男の人が好きみたいだったから、まさかお兄ちゃんとなんて思わなくて。ふふっ人って分かんないよね」
「けど案外上手く行くのかも知れませんよ〜!先日お出かけした時、花ちゃん結婚情報誌気になってたみたいですし」
「そうなの?わーっ結婚するのかな!?だったら私はすごく嬉しいな〜」
「はひ!式には是非是非呼んで欲しいです〜!」
綺麗に切り分けられたケーキと湯気を立てるフレーバーティー。医務室らしからぬ香りが部屋を包む中、二人がしみじみと零す。
「はぁ〜…ジューンブライド、ウエディングドレス…」
「マリッジリングに海の見えるチャペルで誓いのキス…」
恍惚としながらうっそり桃色の吐息。それぞれ自分の世界に入り込み何を思っているのだろう。妄想の中のお相手は如何に。京子はもしかして綱吉の顔を思い浮かべているのかも知れないけれど、ハルは一体。何となく聞くことは憚られた。
それにしても中学時代に出会った者同士での恋愛は多いものなのだろうか。
ふと日に焼けた爽やかな顔が頭に浮かぶ。
「ね、山本君は?」
「はひ?山本さん?」
「山本君には居ないの?同窓の彼女」
山本武は太陽の似合う男。快活陽気な性質は幅広く女性受けしそうな感じがあるがそう言えば女性の影は見当たらない。ルイにはこれが不思議だった。
「山本君はいい感じの人出来てもすぐフラれちゃうんだって。あんまり内面まで見てくれる人と巡り合わないんだって言ってた」
「あー…」
何と無く分かる気がした。山本は顔良し性格良し思いやりに溢れたスポーツマン、モテる要素が揃っている。だからこそ相手は彼の内面を知るより先に、自身の理想の王子様の虚像を作り上げるのかも知れない。半ば無意識的に。そしてそれにそぐわぬ部分を知るにつれ勝手に憤慨し去っていくのかも。実際の彼は守るものも大事なものも沢山抱え、恋愛ばかりを優先も出来ないだろうに。
まぁこれはルイの勝手な想像でしかないのだけれど、もしそうだとすれば中々難儀な事だ。
「けどモテるからすーぐ次の人出来ちゃうんだよ。凄いよね…あ、バレンタインの時も凄かったなぁ。山本君もだけど獄寺君も、いっつも机とか下駄箱チョコでめちゃくちゃで!」
口溶けの良いガトーショコラを幸せそうに頬張りながら、過ぎし日に京子が天を仰いで楽しそうに笑う。
「はひっあのお二人は今でも一緒に歩いてたら絶対女の人の視線感じますもんね!…あっモテると言えば…ヒバリさんも凄いようですね〜さっきお部屋の前通ったらドアの前が凄い事に…」
とくん。小さく鳴ったルイの心音は誰の耳にも届かない。
「あ、私も見た。あれね、ツッ君が言ってたんだけどヒバリさんって絶対チョコ受け取らないんだって。何が入ってるか分からないし勘違いされるのも面倒だって」
「あぁそれで皆さん仕方無くお部屋の前に置いてかれるんですねー…」
「うん。で毎年放置されたままで邪魔だから結局骸さんが回収して一年掛けて消費してくって…骸さんは毒を見分けられる嗅覚が有るとか無いとか…」
「は、はひ…?骸さん…」
普通だったら笑えてしまうやり取りを前に、しかしルイの心臓の音は嫌な疼きに変わる。雲雀はチョコを絶対受け取らないだと?そういえば昨晩渡した時は受け取ってくれるまでにやたら間があった──と言うより半ば強引に押し付けたようなものだった。
カチャリ、ケーキを掬う手が止まる。迷惑、だったのかも知れない。
だったらだったで構わない。感謝が伝わる事に意味があるのだし結果的に骸が食べてくれるならそれで良いではないか。…とは思えない。いつもならば簡単に切り替えられる思考が今は出来ず何故だろう、とてもしんどい気分だ。
ルイちゃん?小首を傾げる京子に何でも、と返そうとした時。
ダダダダダッ!ガンッ!バキバキッ!ドォンッ!!
突如近付いて来る走り込みの音。同時に激しい破壊音と窓をビリビリ震わせる衝撃。ガチャン!驚いたハルが皿をひっくり返す。
「な、何ご、ムグッ!?」
ルイは咄嗟に騒ぐハルの口を塞ぐと京子と共に病床の陰に押しやり身を隠させた。シッと口元に人差し指を立て静かに、と指示をし自分は白衣に覆われたウエストホルスターに手を掛ける。そっと窓から外の様子を伺い…うわ、と気の抜けた声を発してしまった。
打ち合う三叉槍とトンファー。それは今まさに会話の渦中に居た男達の凄まじい喧嘩だった。膝蹴り、踵落とし、躊躇無く頭部を狙った肘打ち、ちょくちょく入る荒々しくも華麗な体技には感嘆の息が漏れるがこのままではこちらにまで被害が出てしまいそうだ。
どうしたものか。関わりたく無い、しかし。
周囲の人間は迷わず退避を選択しているし──正しい判断だと思う──頼りになりそうな者は見当たらない。自分が止めるしか無い。だってこの第一医務室は自分のテリトリーだ。けれど止められるか?自分に?この二人を?
充分な警戒の元窓を開けひょこりと顔を覗かせる。もしかしたら気付いて止めてくれるかも知れないし、無理でも最悪医務室への損害は考慮してくれる…と信じたい。
打ち合いの最中軽やかに身体を反転させた骸とふと目が合って一瞬彼の動きが止まる。よし!思う間も無く、刹那の隙を逃さずその胸部に叩き込まれる雲雀の鋭い上段後ろ回し蹴り。素晴らしい!いやいや感心している場合では無い。吹っ飛んだ骸が壁に強かに背を打ち付け咳込むも火が付いているらしい雲雀は止まらない。即座に間合いに入り込むとトンファーを振りかざし──
いけない!
フッ。
彼らの間を通り抜けたシルバーのボディが激しく壁にぶつかりカランと床に落ちる。ルイの愛銃ワルサーP38。ようやくこちらに気付き手を止めた雲雀に、ハァと安堵の息が漏れた。