A tesoro mio
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
外の冷たい空気と清々しい日差しを浴びれば一気に気分は変わる。折角の南イタリア横断なのだ、楽しまなければ。何時でも仕事を優先してしてしまう性分。今度は何時こんな機会に恵まれるか分からないのだから。
次はスペイン広場、その後は…
ルイはそれからもあそこに行きたいあれを見たいと要求し休憩地のカタンザーロに着く頃には雲雀はぐったり、ホテルのリストランテで楽しそうにあれこれ喋るルイの声をBGMにうっかり船を漕ぐ始末だった。
食事を終えると雲雀は部屋に直行、シャワーを浴び速やかにベッドに潜り込む。睡眠不足の上に一日中振り回された身体はもう限界…の筈なのにシャワーのせいか妙に目が冴えてしまっている。
“避けようの無かった理不尽だよね。カラの可愛さがリーナを苦しめなければ良いけど”
痛ましいエヴェリーナの顔が蘇る。観光の合間そう呟いたルイが何を考えていたのかは分からないが、運命に翻弄される母子の未来が明るいものであれば良いと思う。
眠りたいのに脳は思考を止めてはくれない。
そういえばディーノは結局縁談は断ったと草壁が言っていた。ロマーリオは全てに気付いており先日酒の席で草壁と話していたのはその事だったようだ。雲雀がルイと抜けた後ディーノ達と合流し、ロマーリオら腹心の部下に心情を見抜かれていたと知ったディーノは張り詰めていた気が緩んだのか、その場で破談にするという決断を下したらしい。全く傍迷惑なものだ。しかしそのお陰で酔ったルイの普段と違う顔を見られたわけだが。
仕事中の彼女は毅然とした態度が堪らないがああいう姿もギャップがあってそれもまた。騒動の後意識を取り戻したカレルの頭を踏み付けたサディスティックな表情だって中々だったし男気溢れる脱ぎっぷりにも驚かされた。何故ああも魅力的なのだろう。これも恋愛感情の為せる業なのだろうか。
見事なストリップだったね、自信が伝わって来たよ。ドライブがてら揶揄った時彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
“泣いて拒否してクソ野郎を喜ばせてあげれば良かった?”
ああ、何てプライドの高い女だろう。吐き棄てられた言葉にゾクリと興奮に襲われた自分は如何にかしている。気の強い女が好みだなんて今迄は考えた事も無かったけれど、時折彼女がふと見せる牙に惹き付けられて如何しようも無いのだ。
今日元気だったらまたゆっくり酒を、否、酔ったルイを楽しめたのに。再度こんな機会は在るのだろうか、自分次第だろうか。次は何を口実に誘ってみよう…考えている内に次第に頭はぼんやりとして来て、何時しか視界は暗転していた。
翌日は早朝から出発しフェリーで車ごとシチリア島に上陸、タオルミーナやシラクーサ、カターニアなど東部の観光地を巡りボンゴレの屋敷に到着したのはとっぷり日の暮れた頃。ルイは結局最後の最後までエネルギッシュにこの降って湧いた小旅行を楽しんでいた。
「あー楽しかったぁ!」
トランクからスーツケースや沢山の土産袋を取り出しがてら、非常に良い笑顔。この小さな身体の何処に此れ程の体力を秘めているのか。
「ね、雲雀さん」
ふと目の前に立ったルイが差し出してきた小さな紙袋。ツヤのあるコート紙に刻まれた洒落たロゴに見覚えがある。何処で見ただろう記憶を探りすぐに思い当たったのは昨日のローマのショコラトリー、あの店の看板と同じものだ。
首を捻ると、目尻を微笑ませたルイにバレンタイン、と今日の日付を思い出させられドクンと心臓が跳ね上がった。「僕に?」動揺を悟られぬ様務めて平然を心掛けるが問うが鼓動は止みはしない。
「ジャッポーネでは女性が恋人以外にも感謝してる人とかお世話になった人にチョコレート渡す日って聞いたから。違ってた?」
感謝やお世話?二日間ドライブに付き合った事だろうか。身体が硬化した様に動けずに居ると、「要らないならあげな~い!」腕を引っ込められそうになり慌てて受け取る。何て短気な女だ。
「感謝って何に?」
絞り出した声は掠れていて我ながら情け無く思う。赤い瞳が僅かに揺れ長い睫毛が伏せられる。言葉を探すように。
「…私の手」
「手?」
そっと白い両の手指を重ねポツリと。
「私の…私の手は、何?あの時何を言い掛けたの?」
「……」
苦悶にのたうつルカに永遠の安らぎを与えんとした時。彼女にそれをさせたくなかった。だって、ルイの手は…
「君の手は…」
蘇るいつかのオペ室。たった一人で他人の命を背負った横顔。どんなに着飾った姿より美しく見えたあの日のルイ。
衝動的にその細い手に触れて、包んで。
「患者の命を救う手、いつだってそうでなきゃいけない」
「…いつだって?」
「勿論安楽死は正しい判断だったんだろう。只僕が見たくなかったんだけ。君が…」
知らず手に力が入る。見つめて来る瞳に嘘は吐きたくない。彼女の内面に踏み込み過ぎていると自覚しながらそれでも伝えたくなった。溢れる想いをはっきり言葉に乗せる。
「君の手は患者を生かす為だけに在って欲しい」
揺らいだルイの瞳が微かに煌めいた。
ありがとう、呟かれた小さな声は柔らかな温度を伴って、空気に溶け込み儚く消えて行く。ふとルイの手を何時の間にかきつく握っている事に気付き、瞬間何を言っているのだと気恥ずかしくなりパッと手を放す。ややあって少しトーンの上がったルイの声。
「ね、八つ当たりして御免なさい」
「は?」
「何でもない。ありがとう、楽しかった。じゃーね!」
打って変わった笑顔を見せ踵を返すルイ。大量の荷物を纏わせピンヒールで颯爽と歩いて行く彼女の後ろ姿を眺めながら、押し付けられたチョコレートに思わず唇が緩んでしまった。
ふわふわ。頭から柔らかな毛布にくるまれ今夜は心まで温かい。真っ直ぐに届いた言葉が何時までもリフレインする。
時として安楽死は必要な作業で、それでも葛藤に苛まれる。割り切れ、誰だってそう言うだろう。言われなくても分かっている。そういう仕事なのだから。
けれど。
“いつだって患者を生かす為だけに在って欲しい”
そんな風に望まれたのは初めてだ。誰より自分に正直に生きる男が傲慢な理想を迷い無く押し付けてくれた。自分という医者に求める理想を。雲雀恭弥は決して夢見がちな人間では無くそんな物は虚像でしか無いと知っている筈なのに。
ルイは誰に対しても自分の矜持だ志だを語った事は一度として無い。けれど彼の言葉はその思いを掬い上げてくれて、それがとても嬉しかった。実際には自分はこれからも必要とあらば命を刈り取るのだろうがそれでも。
この手を患者を救う為だけに使いたい。
いちいち自己を苛む馬鹿げた熱を、それでもそのままで良いのだと心から思えた。ありがとう。口には出さず呟いて目を閉じる。今夜はぐっすり眠れそうだ。