A tesoro mio
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「お腹空いたー…」
負傷者の──といっても脱獄囚達だけだが──テキパキと治療を終え広間のソファに凭れていたルイがぐっと伸びをする。馬鹿な男達の起こした騒動の所為で屋敷内に居た者らはすっかり放心状態、食事の用意どころでは無いのだ。
通常頚動脈を切られた人間は即死に近い状態で絶命する筈なのだが彼女は微妙に急所をズラしていた。
甘いね。そう言った雲雀にルイは少し考える様な仕草を見せたが、結局は曖昧にそうかもね、と笑って見せるに留まった。
意識を取り戻したカレルは警官立会いの下全てを自供し、それによると彼らは脱獄した後で結託し、殺害した人間の戸籍を乗っ取っていたという事だった。足が付かないよう何れも天涯孤独の身の上の人間を選ぶ事で極自然にその人に成り代わった生活を送る。通りで慎重派のルカが見破れなかった訳だ。本物のカレル・マッコリーニは勤勉な青年で、現在は無念にも何処かの海に沈められているようだ。今から警官による捜索が始まるらしい。
本物の警察官に付き添われ法務局へと出向いて行ったヴィゴールからの電話で、全ての手続きが終わったのですぐにでもメディアからの報道がなされるだろうとの報告。
これにて晴れてミッションクリア、と言いたい所だが、草壁には一つ気掛かりな点があった。勿論エヴェリーナの事。何と声を掛ければ良いのか分からない。そして、彼女は我が子を愛せるのだろうか。カラは血を分けた子とは言え卑劣な犯罪者の子供でもある。憎しみの対象となったって此ればかりは責められないと思う。
鬱々とした気分で草壁はエヴェリーナが一人篭る部屋の扉を只々見つめていた。
「…五月蝿くて眠れない」
広間のソファで頭から毛布を被り寝転がっていた雲雀がむくりと身体を起こす。元来人より睡眠を必要とする男。此処一週間の睡眠不足がだいぶ響いているようだ。
騒動の間中ぐっすりと眠っていたカラは今になって火が付いたように泣き出し、皆を困惑させている。ミルク、オムツ、ゆらゆら抱っこ、皆交互に色々試してみるものの一向に泣き止む気配は無い。
「赤ちゃんなんだから仕方無いじゃない。あなた大人なんだから眠いなら部屋戻れば?ねー」
抱っこを交代したルイがカラに同意を求めてくすくす笑う。柔らかなおくるみに包まれたカラは真っ赤な皺くちゃの顔で渾身の力を振り絞り泣いていて、それがにルイは可愛くて堪らないらしい。
「報道が終わるまでは任務中だろ。その子から離れたらルカに祟られる」
「不謹慎な…」
オギャアァァァ!!フギャアァァァ!!
ルイの腕の中泣き続けるカラ。生きているのが不思議な程に小さな癖に、何と激しい自己主張だろう。そもそも産まれたての赤ん坊とはこんなにも小さなものだったのか。初めてまじまじ見る新生児という生き物に俄かに興味を惹かれた雲雀がそっと人差し指を伸ばしてみると、紅葉程も無い手がぎゅ、と握って来る。
「…ワオ」
その時雲雀の胸を満たしたのは紛れも無く、可愛い、という感覚。そして驚きでもある。小さな命の力強さ。彼女は未だ右も左も分からぬ赤ん坊、されど確かに其処には意志と生命力が存在するのだ。
ルイからそっとカラを奪い取り抱き上げてみる。するとどうした事だろう、泣き喚いていたカラが突然大人しくなった。
皆が驚きに目を丸くする。
「優れた者を本能的に嗅ぎ分けてる。賢い子だ」
「えー…疲れたんでしょ」
返して、不満気なルイがカラをやんわり取り上げるとまた泣き出す。
「……」
「残念だったね。僕の方が好みのようだ」
「うわ…」
一人の赤ん坊を巡って対立する男女にメイドの一人がくすくす笑って夫婦みたいですねと呟くと、雲雀は一瞬硬直しすぐにフイッとソファに逆戻り、「寝るよ」と頭から毛布を被る。だから誰も気付かなかった。彼の耳が薄っすら赤らんでいた事に。
翌日執り行われたルカの葬儀には警察関係者からマフィアまで大変多くの人間が集まった。綺麗なエンバーミングが施された死に顔はまるで生きているかのように温かみを感じさせ、それが一層の悲哀を誘う。喪服の集団の啜り泣きの中ミサを終え埋葬も済ませ、其々が故人の生前の姿に思いを馳せる声が聞こえ出した頃に草壁がそっと耳打ちして来た。
「恭さん、すみませんが…」
報道も無事になされた今雲雀達はもう此処にいてもする事は無い為、すぐにでもボンゴレ本部へ帰る予定にしていた。しかし草壁は暫し残りたいと言うのだ。理由は聞かずとも想像が付く、エヴェリーナが心配なのだろう。
今日も彼女はカラをヴィゴールやメイドらに抱かせたまま、授乳時以外は触れようとはしなかった。彼女が今方向性を見失ってしまっている事は雲雀の目にも明白で、その心情は察するに余りある。
最低な男の遺伝子を引き継ぐ子、自分の今後を縛り付ける子、そして自らが命懸けで産んだ子。複雑且つ理不尽な問題だ。草壁が居た所で何をしてやれる訳でも無いだろうが反対する理由も無いので直ぐに了承の頷きを返した。
「来月の会合までには戻って来てね」
「へい、ありがとうございます…では」
若干疲れた顔で微笑み去って行く草壁を視線で見送り、渡された車の鍵をポケットにしまう。此処から帰るとなるとパレルモに着くのは明日の昼前になるだろう。本島からシチリアに車で乗り込む為にはフェリーを使用しなければならない。今日はもう間に合わないから何処かで一泊後翌朝の入船になる。それでも雲雀は車移動を好んだ。イタリアの公共交通機関はマナーも無く人は雑多、長距離運転より尚疲れる。
カタンザーロ辺りでホテルを探せば良い、急ぐ事も無いのだからゆっくり帰ろう。ふぁ、と欠伸を零しながら駐車場へ向かう為踵を返そうとすると。
「あれ、雲雀さん。もう帰るの?」
黒いワンピースに身を包んだルイが背後から話し掛けて来た。肌の白と喪服の黒のコントラストが眩しい
「帰るよ、居ても暇だし。君はまだ残るのかい?」
「ううん」
今からフィウミチーノ空港まで行き飛行機で帰るつもりらしい。此方は車移動だと言えば唖然として笑い出す。「は?空港が群れてるからですって?あなた群れに親でも殺されたっていうの?」当然だろう、空の旅ならば僅か一時間強でボンゴレ本部のあるパレルモの空港へ着くのだから。
「けど長距離ドライブ楽しそうだね。ドライバーはそうでもないかな」
ヴィジリアの夜を思い出す。ドライブに誘った瞬間それまでの不機嫌顔が嘘のように笑ったルイ。流れる景色を見ながら終始楽しそうにしていた。
「乗ってく?どっかで一泊だけど」
「え、いいの?乗ってく!」
「は?」
冗談のつもりだったのに。助手席でのドライブとはそんなに楽しいものなのか、理解しかねるが彼女にとってはそうなようだ。
「ね、雲雀さん今後の予定は?」
「白紙」
「じゃあねぇ、寄り道しながら帰らない?」
疲れたら運転代わるから!瞳が訴えるようにきらきら輝く。ペーパードライバーに運転を任せられるかはともかく期待に弾んだ声に嫌だなどと言える筈も無い。そもそも退屈な長距離ドライブの隣にルイが居るという、其れだけで雲雀の気分は上がってしまった。良いよと直ぐに返事をして彼女の荷物を取りに一旦アルフォンソ宅まで戻る事にした。
「わ、凄い!」
「あれ!見て、ねぇ!」
遠目に流れるコロッセオに大聖堂、ルイはずっと歓声を上げっぱなしだ。雲雀にとっては単なる景色に過ぎない其れらはルイの目には素晴らしい建造物として映るらしい。車窓から差し込む陽光を反射してキラキラ輝くプラチナの髪、眩しい笑顔。そちらの方がずっと価値があると言うのに。
昨晩はルイの真白い肢体が脳裏をチラついてしまい良く眠れなかった。
高い位置にある括れたウエスト、上向きに丸みを帯びた小さなヒップ、そこから滑らかな曲線を描きスラリと伸びた脚。
漠然と細い程度に思っていた彼女の身体は充分に女性らしい柔らかなシルエットを型取っていて魅力的だった。あの時はまさか下卑た命令に本気で従う気かと気が気で無かったし、そもそも見てはいけないもののような気がしてろくに目に入れてはいなかったけれども一瞬視界に入った。其れだけで強烈に頭に焼き付いてしまう程惚れた女の身体とはインパクトのあるものらしい。
下半身に集まる熱を感じた瞬間彼女の無邪気な笑みまでも甦ってしまい、罪悪感から何とかその姿を払おうと四苦八苦している内に気付けば夜更け前だった。
重症だと思う。さっさと一発抜いてしまえば其れで終わる話だったのに、申し訳無さが先行してしまってどうしても出来なかったのだ。今隣で楽しげに笑っているルイが知ったらどう思うのだろう。頰を染めて困惑するのか侮蔑の視線を向けられるのか、医師らしく男の生理的現象だと受け流すかも知れない。尋ねる気など無いけれど。
ね、雲雀さん。突然話し掛けられてハッと我に帰る。
「行きたい所あるの。寄って良い?」
「…冗談だろ?」
入り組んだ道をルイが設定したカーナビに忠実に進んで行くと、辿り着いたのはどう見てもカフェテリア。つい先程リストランテで昼食を摂ったばかりだというのに。
まだ食べる気?そう口を開く前にルイは洒落たガラス張りの入り口をスタスタ入って行ってしまう。怪訝な顔で後を追えば、其処はイタリアでは余り目にする事の無いショコラトリーだった。販売店にカフェが併設されており、辺りには甘い香りが漂っている。
「…凄いね」
店内にどっさり積み上げられた様々な種類のチョコ、チョコ、チョコ。パッと視界に入るだけでもミント、生姜、それにペペロンチーノ風味などと言う恐ろしげな物まで揃っている。
「ここローマの隠れ家的なショコラトリーで一度来てみたかったの」
「ふぅん…こんなの食べる奴いるの?」
ペペロンチーノのチョコレートを片手に微妙な表情の雲雀にルイはくすくす笑う。
「好きな人は好きだよピリッとしてて…食べてみる?」
小さなショッピングバスケットに放り込もうとするルイを慌てて止め棚に戻すとその隣にはパイナップルがポップに描かれたパッケージ。意図せず鼻に皺が寄る。
「骸もチョコレート好きだよね。こないだもアレ食べて──なんだっけアレ…まぁいいや──そのパイナップルのやつプレゼントしてあげれば?」
「ああ、良いかもね」
「やめてよ」
しょうもない軽口を叩きながら広い店内を回って行く。合間、ふと思い出したのはアルフォンソ宅に着いた日のルイの態度。
「ねぇ。屋敷で会った日のは外面?すごいツンツンしてたけど」
外ではプライベートの色は見せない、そんな拘りがあるのならば理解出来るがその割に事が片付いてからは今のようにフランクな口調に戻っていたし雰囲気もすっかり柔らかくなった。何となく引っ掛かっていたのだ。
「…そうだった?分かんない。色々アレだったから」
難しい状況に気が張り詰めていたという解釈で良いのだろうか。
「そう。どうでもいいけどアレって表現多発し始めたら老化の始まりらしいよ」
「え、気を付けよう…」
本当は、そうでは無い。吟味した幾つかのチョコレートを持ちレジに並びながらルイはぼんやり邂逅する。
あの時は、未だ雲雀への八つ当たりめいた気分を抱えたままだったから突如現れた彼にどう接したものか戸惑いあんな態度を取ってしまった。否、掘り下げて考えてみるともっと狡い感情だったように思う。
それはつまり──私は誰とでもセックスする貴方に落胆しているの、そんな正直な理由を言う代わりに不機嫌な態度で怒りをぶつけたい反面、何故不機嫌なのかと問われれば仕事中はこんなものなの。その言い分で通せてしまえるような。
身勝手な感情に気付いた瞬間心臓がドクリと嫌な音を鳴らす。何故そんな事をしてしまったのか、そもそも雲雀を責めた先に何があるというのか。もう適当な相手と関係は持たないと約束して欲しかったとでも?
……そうして欲しかったのだ。そんな事を望む権利など無いのに。その癖に怒りはぶつけたかったからあんなねちっこいやり方を。自分にそんな嫌な面があるなんてがっかりだ。そもそもどうしてそんな約束を欲しがってしまった?彼は自分にとって──
そこまで考えて血の気が引く。恐怖と嫌悪が湧き上がって来て、
「どうしたの?」
雲雀の声にハッと我に帰る。何時の間にか支払いは終わっていた。
「ごめんなさい、何でも…」
怪訝な顔の雲雀に妙な安堵を感じた。思考が遮られた事への安堵だ。深追いするな、全ての感覚がそう叫んでいる。強引な笑顔で頭を切り替え首を振った。
「ちょっとぼーっとしてた。頭疲れてるみたい」