A tesoro mio
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ルカとの話を終えダイニングに戻るとルイの姿はもう無かった。少し残念に思いながら心尽しの夕食を頂き終えれば客室へと案内される。最高級ホテルのスイートルームさながらだ。
暫くボンゴレ本部には戻れそうも無いが立場上いちいち連絡する必要性も感じずそのままバスルームへ直行する。仕事柄普段から着替えなど必要な物は全て収納用の匣に詰め込んで居るのでこれと言った問題は無く、今日はもうこのまま眠ろうと決め何処ぞの宮殿と見紛うような優雅なバスタブに身を沈めた。
草壁は落ち着かなかった。明日にもエヴェリーナがこの屋敷に来る。彼女と直接会うのはかれこれ二年ぶりだろうか。彼女はハキハキして明るく気の強い、まるで太陽のような人だ。
暴漢に襲われかけた直後、震えはしていたもののそれでも自分の足で立ち上がりしっかりと目を見つめて、有難う、と言った強い女性。地に伏す暴漢を冷ややかに見下しピンヒールの足で踏み付けた気位の高い女性。厳つい草壁の風貌にも物怖じせず良く笑いズバッと物を言う彼女に、草壁は何時しか恋心を抱いていた。
昨年ルカを通して彼女の結婚報告を受けた。相手はごく一般のサラリーマンと聞き大層驚いたものだったが。
“金も権力も争いの火種、娘には何も残す気は無いよ。もし富を望むならば自分達の力で築くべきであって、あの子もそう思っているさ”
そう言ったルカに娘への厳しくも深い愛情を感じると共に、自分の初恋が終わりを告げる苦しさに打ちのめされもした。
一年の間で恋心とは決別出来たものだと思っていたのに、彼女と会えると聞いて胸は騒がしく。腹に夫との愛の結晶を育む彼女を目にして自分がどのような気分になるのか不安で仕方が無い。如何か素直に祝福出来たら良いのだけれど。
悶々と考えている内に気付けば足は書庫室へと向かっていた。
「あ、草壁さん」
様々な蔵書の並ぶアンティークな本棚を眺めているとコツコツ近付いて来た足音と共に声が掛かる。この声は。振り向くと『バビロンの空中庭園に対する考察』らしきタイトルのついた文献を手にした女医が立っていた。
読書ですか?お仕事?そう尋ねて来る表情は穏やかで、先程会った時より随分柔らかく感じる。
「プライベートの読書です。眠れなくて…あなたは?」
「私もですね。まだ眠くなくて」
文献を棚に返し物色を始める。一冊引っ張り出してはパラパラ捲り戻してまた次に。その動作を繰り返すルイの横顔に無意識に見入ってしまう。以前バールで会った時は内心驚愕した。此れ程に色の白い人間が存在するのかと。
すっかり酔いの回ったディーノを通して雲雀は彼女に強請られて二人で何処かに行ったと聞いたが、我が主人にしては非常に珍しい行動だと思った。ビジネスならばまだしもあの時は完全なプライベートだったらしいのだから。
ナポリへの移動中それとなく雲雀に彼女の事を聞いてみると、何とリボーンとシャマルの弟子であるという。彼の興味を引くわけだと妙に納得してしまった。
“彼女は腕の良い医者だよ。男嫌いだけど”
雲雀の言葉を思い出しながらぼんやり見つめていると不意にルイが呟く。
「この書庫室は宝の山ですね。各国の禁書に闇に葬られた文献。此処だけでも金銭に換えられない価値がある」
「…あなたは何か起こると思いますか?」
「さぁ。ただルカの所有する富は誰の目にも相当魅力的に映るでしょうね」
「あなたにとっても、ですか?」
勿論他意は無い、純粋な疑問ですと付け足す。雲雀がどうもお気に召しているらしい女性の目にこの有り余る財がどう見えているのか、少し興味が湧いてしまったのだ。
ルイは目を細め微笑むとゆるりと睫毛を伏せた。
「ルカが望む形で人生を終えられる事、エヴェリーナと赤ちゃんが健やかにある事。今の私にはそれだけ」
今は、ですけどね。誠実な雰囲気からは一転悪戯っぽく笑った彼女に何とは無しに心が解れるのを感じる。信用して良い人間だ。草壁の中の何かがそう告げると、急に話したくなった。自分の中に燻っていた想いを。
「エヴェリーナは俺の初恋の女性なんです。…ですから、色々複雑で。明日腹のでかくなった彼女を見てどんな気分になるのかとか──考えてたらうっかり寝付けなくなっちまいました」
初対面にも等しい人間に何を言っているのか、言われたルイだって反応に困るだろうに。恥ずかしさを誤魔化すように後ろ頭をガリガリ掻くと、ルイは柔らかな表情でゆるりと首を振った。
「そういう時はね…取り敢えず洗いざらいぶちまけちまうのが良いですよ──だって、ねぇ。今がどんな気分だろうが今後あなたが取る行動はきっともう決めてあるんでしょう?」
吐き出して、明日からはリーナをしっかり守ってあげて。ぽん、と肩を叩かれる。一気に気が楽になる単純な自分に、草壁は小さく苦笑した。
翌朝。雲雀がダイニングに降りると既にエヴェリーナは到着しており、大きな腹を抱えてゆったりした椅子の背に凭れ掛かっていた。隣に座っているひょろりと細い眼鏡の青年が夫だろうか。取り立てて目立つ所の無い、極々平凡な男といった印象だ。
「Chao!ヒバリ!」
雲雀に気付くと忽ち嬉しそうに顔を綻ばせ立ち上がるエヴェリーナ。そんなに素早く動いて腹は大丈夫なのだろうか。「座ってなよ」言えば「みんな過保護だわ、まさかのあなたまで!」憤慨する。本人は至って健康である事がひしひし伝わって来た。
「経験が無いと匙加減が分からないんだよ。僕も含めて」
夫と思しき男性が柔和な口調で言いながら彼女の肩を抱いてさり気無く座らせる。どうやらエヴェリーナは優しい伴侶に恵まれたらしい。向かいに居る草壁の顔を盗み見ると、随分晴れやかな表情でその様子を見守っている。内心穏やかで無いのではと思っていただけに彼の切り替えの早さに少々面喰らった。草壁哲矢というのは見た目に反して繊細な男なのだから。
「ヒバリ、紹介するわ。夫のカレル。──ああ、あなたの事はもう説明してあるから挨拶なんて結構」
雲雀の性格を良く理解している彼女はそう言って笑った。
「彼も護衛対象よ。しっかり守って頂戴ね」
とは言ってもする事は殆ど無いと言って良かった。外部の動向に関してはルカ自らが信頼の置ける者達に依頼しているし屋敷の中からは四方から警備の人間が外を見張っていて隙は無い。特に異常の報告も入っては居ない今雲雀達がする事は唯一つ、エヴェリーナとその夫から何時如何なる時でも目を離さない、其れだけだ。
雲雀と草壁は交互に睡眠を取り特に動きの無い日々を過ごしていた。度々エヴェリーナが前駆陣痛に苦しんでいるとルカお抱えのナースらが背をさすり、ルイもまた時折彼女と何か話をしては笑わせていた。夫との関係は良好な様で二人で肩を寄せ合っていたり微笑み合っていたり。こういうのを理想の夫婦とか言うのだろう。
一方のルカの容態は一見安定しているように見える。しかしルイの説明によると薬や生命維持装置で苦痛を和らげているだけであって、やはり命の期限は日に日に近付いているという事だ。
気付けば、此処へ来てから一週間が経とうとしていた。
そして、時が来る。
早朝より本格的な陣痛を訴えていたエヴェリーナが昼前に破水をした。出産に碌な知識の無い男達はてっきりすぐに産まれるものだとばかり思っていたのだが、どうもそうでは無いらしい。苦痛の表情で前屈みになった彼女が分娩を介助する医者とナース、そして夫に付き添われ処置室へ入って行った頃にはもうとっぷりと日が暮れていた。
幾ら護衛と言っても流石に分娩中に中には入れないのだが、この部屋は雲雀達の立つ目の前のドア以外に出入り口は無いので安全は確保されてある。
「もうそろそろですかね…」
気が気で無いのだろう、大きな身体を所在無さげにうろうろと彷徨わせる草壁。雲雀は呆れた様子でそれを眺めていたが、やがて少しの揶揄いを込めた口調で声を掛けた。
「哲、ちょっと落ち着きなよ。君が父親みたいだ」
「なっ…恭さん!」
「冗談。けど随分清々しい顔だよね。内心ぐちゃぐちゃなのかと思ってた」
エヴェリーナへの感情の事だろう。相変わらずストレートな主だとは思うが、もう草壁の心が乱される事は無かった。
「此処に来た日、ルイさんと少し話す機会が有りましてね…色々ぶちまけたら腹が決まりました。俺はエヴェリーナが元気ならばそれで良いんです」
産まれて来るガキだってきっと可愛く思えます、と話す草壁に雲雀は何処か楽しそうな顔をする。
「カウンセリング?彼女が心理まで専門だとは知らなかったよ」
「カウンセリング…如何ですかね。ただ俺が恥を晒しただけで」
その時突然辺りが騒がしくなる。振り返るとバタバタ走り込んで来る医療従事者達。目が合うと何事か聞く前に廊下に鋭い声が響いた。
「ルカ様の容態が急変しました!」