A tesoro mio
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午前2時前。
結構な時間になってしまった。酔い醒ましをしたいというルイに付き合って徒歩で帰路に着く。ボンゴレ本部に着く頃には3時を回っているだろう。まだ冷え込む季節なのにアルコールのおかげで身体は温かい。繋いだ冷え性のルイの手も、今夜ばかりは幾分温もっていた。
「わわっ」
「…本部まで歩けるの?」
ふらふらと千鳥足気味の女が早速何かに躓き掛ける。高いヒールが危なっかしい。
「そんなになるまで飲むの止めな。みっともない」
「反省してまーす」
絶対に口先だけの彼女に呆れるも言っても詮無い事。そっと腰に手を添え支えてやる。他意は無く、単純に手を繋いでいるより此方の方が安全だから。
「ああうん。雲雀さんがモテる理由何となく分かったかも」
「は?」
「ギャップにやられちゃうんだ。意外と優しいみたいな」
足元に注意を払いながらにこにこ笑うルイに、君にだけだけど。出掛けた言葉は飲み込んで。
「外れ。僕を気に入る女なんてみんな肉食だよ。優しさなんて求めてない」
「強さ?」
「最終的には利益」
「あはは!確かに肉食」
笑った瞬間またぐらつく体をギュッと抱えるように支えた。ふわり、漂うルイの香。惑わされぬよう理性をしっかり保つ努力をしながら彼女の腰を引き寄せる。
「ジャケットどっか掴んでてよ。危ない」
「すいませーん」
普段は何とも隙の無いこの女がこんな風になるだなんて思わなかった。飲めば何時もこうなのだろうか。随分と男に不信感を持っている癖に、自分の前でこの警戒心の無さは一体何だろう。
「そんなんだと男に襲われても文句言えないんじゃないの」
「あなたママンなの?」
「残念ながら僕が親なら娘の教育はもっとちゃんとするね。風紀は乱させないよ」
「出た風紀。良いじゃない普段頑張ってんだから。たまには私だって、ねぇ?」
唇を尖らせプイッとそっぽを向いてしまう。
「女同士の時に楽しめって言ってる。残りの人生はセックスと無縁で居たいんだろ」
「余生みたいに言わないで。これからが本番なんだからね」
「へぇ、何するの?」
「何だろ?今迄通りかな?」
「何それ」
「今が楽しいって事。素晴らしいと思わない?」
「何よりだね。僕は今さっさとタクシーで帰りたい気分だけど」
本当はそんな事欠片も思っていない癖に口は嘘ばかり吐いてしまう。これは警戒されていない─異性として見られていない事に対する苛立ちからだと分かっていた。パッと離れる体。
「帰って良いですよ~。私こう見えても強いから心配なんて御結構です!迷惑掛けてごめんなさ〜い」
「何その敬語。嫌味ったらしい」
随分フランクな口調になっていたかと思えばこれだ。アルコールのせいなのか子供っぽい。そういえば黒曜の女に暴言を浴びせられた際もそうだった。口を噤んでそっぽを向いて。あの時もまるで拗ねた子供のようだった。そんな彼女の腰をもう一度、今度は強めに引き寄せる。
「ガキだね」
「あなたに言われたくなーい!」
「それより、君本当に強いの?どのくらい?」
「今の状況じゃあなたには勝てません。今の状況じゃ。今の、状況じゃね」
「つまり?」
最早自力で歩く事は放棄したらしく半分雲雀に抱えられるようにして前に進む彼女は、だらしない自らの姿は無視して雲雀を見上げるとニヤリ悪い笑みを浮かべた。
「あら、知らないの?私にはとっても優秀なココがあるの」
人差し指でトントンと自分の頭をつつくルイに雲雀もまたニヤリと笑い返す。
「へぇ、正確に現状把握出来てる辺り確かに優秀だと思うよ。ただ僕も男だってのは認識出来てないみたいだね」
さぁどう返して来るのだろう。若干の高揚感を抑え答えを待つと、ルイはふと真面目な顔を作った。
「あなたは酷い事なんてしない」
「何故?」
「見てたら分かるよ」
「信じ過ぎじゃないの」
嬉しい、とは思う。だが何だろう。この反面胸が騒つくような不安感は。しかしルイは緩く笑う。
「それが分かっちゃうんだなぁ。あなたは泣き叫ぶ女の人じゃ射精出来ないと思うの」
「……」
「戦いの嗜好とかふとした言動とかで性的な傾向は割と読めるもんなのね。性犯罪の根底にあるのは弱者への支配欲。あなたには縁遠いでしょう?」
性犯罪者の心理など知らないが自分への考察は間違ってはいない。いないのだけれど。
「…君さ。これは断じて性差別では無いけど、女が男の前でセックスだの射精だの」
ルイはあ、と声を上げて罰が悪そうに笑った。
「失礼。医者なんかしてるとつい」
「職業柄ね。通りで言葉に色気が無いわけだ」
「フフッ。けどホントにそーだよ。じゃなきゃ私だってこんなに飲まないしそもそも二人で夜出たりしない。ちゃんと分かってるよ」
今度の言葉は素直に嬉しく感じる。彼女は明確な理由を以って信じてくれているのだ。そして一応は男としての認識もされているらしい。
徐々に重くなって行く身体を抱え直すと再びすいませんねーと間延びした声が聞こえて来た。これだけしっかり喋れているのによもや歩けないなんて事は無いだろう。これはきっと彼女なりの甘え。信用した者にだけ見せる隙なのだ。そう考えると自然口元が緩む。
一つの鬱屈が解消されると同時に湧き上がって来るもう一つの憂い。彼女の過去の男性経験。聞いて良いのかどうなのか。普通に考えればつつかれたくは無い所だろうが気になって仕方が無いのだ。どうしようかと悩んでいると。
「ね、雲雀さん。もし今の感じあなたのビジネス相手達に見られたらどーなるの?」
「どうもならないよ。惚れられてるわけじゃないから」
「そんなもの?」
「そんなものだろ。感情なんて無くても関係は持てる。男も女もね。君だってそうだったんじゃないの」
思わず言葉が口を衝いて出る。しまったと思ったがもう遅い。ルイはふと顔を背け、あー…、と掠れた声を漏らした。
ふらりと力が抜ける。ちょっと、と慌てて支えようとしたがバシッと振り払われた。そんなに触れられたくない事だったのか?呆然としていると、彼女はややあってへたりとその場に座り込んでしまう。様子がおかしい。
「…どうしたの」
しゃがんで顔を覗き込むと真っ青だ。
「御免なさーい…ちょおっと……」
口元を抑えるルイ。吐きそうなのか。背を摩ってやる以外何も出来ずに暫くそうしていたら、やがてはーっと息を吐き出した。
「すいませ…やっぱちょっと調子乗っちゃったみたい」
何だ只の飲み過ぎか。何てタイミングなんだろう。安堵と呆れに雲雀もまた大きく息を吐くとしゃがんだままほら、とルイに背を向けた。
「ゲロかけちゃうかも」
「貸しが出来て丁度良いかもね。いいから早く乗りな」
「優しいですねぇ」
「うるさい早くしろ」
遠慮がちに乗っかって来るルイの身体は相変わらず軽く、こんななのに自分は強いと言い切られても正直信じ難い。間近で漂う香りを堪能しながらなるべく揺らさないようゆっくり歩き出す。
「ね、雲雀さん」
「何。気持ち悪い?」
「ううん。ね、好きな人とはそういう事したいって思わないの?」
また妙な事を。質問の意図が読めないだけに返答に窮してしまい、落ちる幾許かの沈黙。やっと開いた唇から漏れたのはとても正直な言葉だった。
「考えもしなかった。そんな事よりこっち向いて欲しいかな」
心底意外だと言うように、わぁ、と上がる感嘆の声。
「そんなに好きなんだ、びっくり。ね、どんな人なの?」
君だよ、言葉は胸に仕舞ったまま。ヘタレだなんてディーノの事を言えないではないか。
「綺麗な女だよ。笑ってても怒ってても綺麗」
「怒ってても?」
「そう。ヒステリックな笑いとか冷たい目とか堪らない」
本人に何を言っているのかとは思う。こんな事をペラペラ喋ってしまうのは、自分も酔ってしまっているのか。それとも鼻先を擽るルイの香りがそうさせているのか。
あなたまさかのMなの?そこには全否定を返しておくけれど。
「なんか意外。大和撫子がお好みなのかとばかり」
「悪くは無いけどね。淑やかなだけの人形に興味は湧かない」
ふと首元にあった白い顔が雲雀の目を覗き込むように上を向いた。
「もし、もしだよ?その人が裸で誘惑して来たらどーする?」
何なのだろうこの酔っぱらいは。この質問には答えなければならないのだろうか。思いながらも脳は勝手にルイの裸をイメージしようとして──何も出て来なかった。何故か想像が出来ない。もしかすると罪悪感があるのかも知れない。
「……多分」
「何?」
「逃げる」
ヘタレ!静かな道にルイの笑いが響き渡った。