A tesoro mio
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「で、何を話したいワケ?」
バールのボックス席に腰を降ろした瞬間核心を突いて来る愛弟子にディーノは思わず口籠る。
「お、お前なぁ、…率直なヤツだな、相変わらず…」
「まどろっこしいのは嫌いだよ。さっさと言わないなら帰るからね」
「わーってんよ!せっかち過ぎんだろったく…ああ、此処には洋酒しかねーからな。付き合えよ」
ぶつくさ言いながらディーノは注文を取りに来たカメリエーレにボトルワインとつまみを頼むと、はーっと大きく息を吐いた。
「…俺さ、お前知ってるかどうか知んねーけど昨日28になったんだよな」
「おめでとうって言えばいいのかな」
「それも悪かないがまぁ聞けよ。30も間近になってくっとな、色々面倒な問題が出て来んだ」
この言い回しでは世間の事に興味の無い雲雀にもすぐに合点が行く。
「跡継ぎ問題ね」
「お、おぉ…お前にしちゃ察しが良いじゃねーか。大人になったんだなーお前も…」
「……」
嘆息するこの男の中で自分がどれだけ幼児扱いされているのか、今それがはっきりと分かった気がした。
「で、それが何。さっさと結婚して子供持てば良──」
ふと口を噤む。怪訝な顔をするディーノに一瞬聞いて良いのかどうか逡巡した後、若干声のトーンを落としぼそぼそと。
「…まさかあなた、種無「んなワケねーだろ!」
咄嗟に張り上げた声に周りの人間が何事かと振り返り慌ててゴホンと咳払いで誤魔化すディーノ。何だ違うのか、良かった。妙な安堵を感じながら喉に流し込んだ液体は相変わらず味覚に合わぬ。
「じゃー何が問題なの」
「ん、ああ…」
曰く、今ディーノは3年程前から持ち上がっていた縁談が纏まり掛けている状態にある。相手は北イタリアで名を馳せるカレーラファミリーの令嬢で、容姿も人格もドン・キャバッローネの妻に求められる女性としての器量も申し分無い23歳、更に3年前初めてディーノに会った時からずっと彼だけを想ってくれている一途で清純な女性らしい。来月に予定されている食事会で最終的な取り決めを交わす事になるのだという。
「でな、カレーラと姻族関係になるってのはキャバッローネにとっちゃ諸手を挙げて喜ぶ程の利益に繋がるんだ」
「だろうね」
どう考えても良い縁談では無いか。何故ディーノはこんなに陰気な顔で酒を煽っているのだろう。
「もう一度聞くけど、何が問題なワケ?マリッジブルーとか言わないでね」
「お前んな言葉知ってたんだな…」
「僕の事は良いんだよ。話を進めろ」
「……」
困った様な、顰め面の様な、これは憂いの顔だ。その鳶色の瞳は何処か縋るような真剣味を帯びて雲雀の目を真っ直ぐに見つめて来る。
彼と知り合って随分経つがこんな表情は初めてだ。ゆっくりと、形の良い唇が開かれる。
「なぁ恭弥。お前、恋した事あるか?」
「……」
唐突な質問に咄嗟に声が出なかった。瞬間的に脳裏を過ったのは毅然とした横顔と赤く染まる青い手術衣。雲雀の反応に、ディーノは薄く微笑む。
「ああ、やっぱお前でもあんだな…そっか、マジでいつの間にか大人になってたんだなー…」
何処か他人事のような口振りは、彼が今は自分の事で一杯一杯になっている事を如実に示していて。グラスの中でゆらゆら揺らめく赤い液体が光を反射しキラリ煌めく。…あの女の瞳のように。
「けどな、だったら分かんだろ?どんだけ好条件だ利益だ言ったって、…例え相手がこっちを想ってくれてたとしても…」
成程、ディーノは相手に気持ちが持てないのだ。そして、既に惚れた相手が居る。
「断れば良いだろ。カレーラは穏健派で通ってるし多少関係に傷が入ったとしてもでかい問題にまでは発展しないんじゃないの」
言いつつそう出来ない事情がある事は察してもいた。出来るならとうにしているだろうから。
「覚えてるか?お前がこっち来たばっかの頃行ったエノテカ」
「…ピアニストがいた所だっけ?」
「おう。…あのな、そのピアニストなんだ」
俺の惚れた子。この告白に雲雀は若干驚きはしたが何となく理解は出来た。儚げで何処か陰のある美しい少女だった記憶が残っている。
「──けどさ、やっぱ身分違いじゃねぇか」
「……」
これからのキャバッローネの繁栄、安泰を考えると夜の街のピアニストとカレーラの令嬢のどちらに天秤が傾くかなど火を見るより明らか。しかしドン・キャバッローネの鎧の下に隠れたディーノ個人としては…
ぐしゃり、指先が乱す滑らかな金髪。
「なぁ恭弥。お前が持った恋心ってどの程度だ?俺はマジで惚れた女をそう簡単に諦めらんねーよ…。そもそもこんな気持ちで居んのに結婚とか…俺に心底惚れてくれてるだけに相手にも失礼だし」
「…まだ28って考え方もあるよ」
急ぐ必要も無いだろうと。しかしディーノは頭を振る。
「…正直な本音言うとな、あいつ──カレーラの娘と居るとそのうち気持ちが向くかもってのもどっかにあってさ…。だって俺はボスだぞ?どうせあの子とは一緒になれやしねぇ…」
そんなこんなでダラダラと返事を引き延ばしている間に腹心の部下達も当然この縁談を受けるものという雰囲気になりファミリーは密やかにお祭り状態。未だ返事をせずにいるのは最期の独身生活を謳歌したいたいう思いからだと解釈されているらしい。最早このような本音はとても話せはしない。
一言で纏めれば優柔不断という事にはなるのだろうが…
「あの子が良いんだよなぁ…あの子じゃなきゃ駄目なんだよ…」
縋るような声音。切なげな表情。
これは長引きそうだ。
しかし恋愛感情というものが如何に厄介なものであるか、それを現在うんざりする程味わっている雲雀は何となく今のディーノを突き放す気にはなれずに、彼のグラスにはまた新しい琥珀の液体が満たされてゆく。
今夜は好きなだけ飲むと良い。彼に貸しを作っておくのも悪くはないから。
「ヘタレ。言う相手間違ってるよ」
「ははっ。だな」