A tesoro mio
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「ただいま~…」
控え目なノック音の後、帰国して来た綱吉が骸の私室にひょっこりと顔を覗かせた。書類の整理をしていた手を止め振り返った骸はあぁはい、とだけ返すとふいっと顔を背け作業に戻る。やけに素っ気無い。
「な、なんだよ。機嫌悪いな…」
「普通ですよ。何か用ですか?」
明らかに不機嫌な様子で何を言う。余計に苛立たせそうなので思っても口には出さないが。
「用って訳じゃ無いけど。帰りの挨拶…てか何にも起こらなかったよな?敵襲とか揉め事とか…」
「特には」
「そ、そっか。ありがとな。じゃ」
何があったのかは知らないけれど今は絡まない方が良さそうだ。背中に隠した謝礼も込めた日本の土産物も後日渡すとしようと決めて綱吉はそそくさと退室する事にした。
パタンとドアが閉まったのを見届けて、骸ははーっと大きく息を零す。何とも不愉快な気分だ。原因は先日、ヴィジリアの晩の件。
本部を出て行った雲雀達が帰って来たのは翌日ナターレの午前2時過ぎだった。ルイが部屋へと戻って行ったタイミングで雲雀に何をしていたのかと問えば君には関係無いと言われた。尤も彼から微かに香って来た福音香で察しはついたのだが。
しかしどうにも解せないと感じた。
何故あの男がルイと出掛けた?
暗殺術を仕込まれているとはいえルイは若い女性ではあるし、風紀の乱れを気にして教会に送って行っただけならば百歩譲ってまだ分かるけれども。彼に信仰心がある訳が無いし、何より群れを嫌うこの男がナターレの人混みの中わざわざミサにまで付き合う必要も無いだろうと。
まさか。僅かに胸が騒ついた。よくよく考えれば雲雀はルイに対しては妙に当たりが柔らかい様な気がする。入院していた時も割合物分りの良い患者といった風体だったし爆破テロの際だって彼女とオペ室に雪隠詰めという状況に文句一つ言わずに立派に第一助手を務めていたではないか。普通の人間ならば普通の事が、雲雀恭弥になると異常だ。
まさか彼は…。そこまで考えて、思わず問うてしまった。
“君はルイを随分と気に入っているようだ。まさか君のような男が女性に心を奪われたとでも言うんですか?”
さて、どう出るか。一つの挙動も見逃さぬようそのツンと澄ました顔を見つめ返事を待つも、彼は動揺の一つも見せず高慢に言い放った。
“だったら?”
驚きに続ける言葉が出ず押し黙った骸に冷たい一瞥をくれると、雲雀はさっさと自室へ帰って行ったのだった。
「……」
骸は決してルイに恋愛感情を持っている訳では無い。限りなく近いけれども全く別の物。この想いを何と呼ぶのかは骸自身にも良く分らないが、ルイは大切な無二の人間である事に違いは無い。彼女も自分に対して同じ想いを持っているのだと知ってもいたし、そこには特別な絆があると感じていた。
あの日から湧き上がる漠然とした鬱屈感。
これは、ある意味では「自分だけのルイ」が盗られるかも知れないという不安?否、それも無くはないがそれ以上に彼女が気掛かりなのだ。
恋愛など、彼女には。
そこいらの男ならばともかく雲雀恭弥は独特の魅力を持つ男であり狙った獲物は絶対に逃さない肉食獣。そんな男に好意を寄せられルイが精神を乱される事にならなければ良いけれど。
勿論相手が誰であれルイが正常な恋愛関係を築けるならばそれはとても喜ばしい事だが、現実的には少し難しい事のように思えた。
──骸だけが知る、ルイの秘密。
はぁ、もう一つ溜息が零れる。全く頭が痛い。
ルイはあの時雲雀の手を引き部屋を飛び出した。自分のでは無く、雲雀の。骸にはルイの感情の流れは把握出来ているつもりだった。何も雲雀に特別な想いがある訳では無く、あの時はああするしか無かったのだろう。
黒曜組とナターレを過ごすと決めた以上M・Mを呼ばない訳には行かなかったし、彼らは骸にとってルイとは違う意味での無二の存在。M・Mとてその中の一人である事はルイも理解してくれているからこそ互いに問題無く過ごせると思っていたのだが。
しかしそこに無情にもM・Mが放った言葉。ルイには相当キツいものだっただろう。雲雀と共に帰って来た際、ルイは若干気まずそうな表情でごめんね、と微笑んだ。彼女に非は無く、全ては自分の見通しの甘さが原因である事は分かっている。
ルイが暗い気持ちでナターレを迎えた訳で無い事は帰って来た瞬間の2人の様子を見ていて分かったので、そこには多大な安堵を感じた。しかしその後の雲雀の台詞を考えると──
ああ駄目だ苛々する。これは懸念だ。未来への憂慮だ。
全く──雲雀恭弥が彼には全く以て似つかわしく無い感情さえ抱かなければ──あんな男は今まで通り心を交わさぬ本能的欲求の発散の為だけの女と遊んでいれば良いものを──
考えれば考える程に湧き上がる八つ当たりめいた苛立ちを解消しようと、クロームから贈られたクリスマスプレゼントのチョコレートを一欠片口に放り込んだ。