A tesoro mio
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閑静な廊下に足音だけが響く。
何処へ連れて行かれるのやら、絡められた腕は解くに解けず歩きながら雲雀はルイの心情を探っていた。
先程のM・Mの言葉。気にしているのだろうか。以前自分がアルビノなのかと問うた際も、刹那の間とはいえ僅かに空気が変わった事を思い出す。
何と言葉を掛けるべきか、いっそ触れないのが正解か。他人を慮った経験の無い雲雀には難しい判断だった。
結局何を言うでも無く暫し歩き続けていたら、ぴたり、突如ルイの足が止まり腕が解かれた。気付けば第一医務室の前に居る。
「すいません。咄嗟に…」
今からどうするのか問えば投げやりに「もう出ます」と。ミサには随分早いようだが外に出て気分を変えたいのかも知れない。頑なに目線を合わせようとしない様は傷付いているというより何処か不貞腐れた子供のようで、雲雀は小さく溜息を吐くと「着替えたら駐車場行ってて」と言葉を残して上着を取りに私室へと踵を返した。
「なんかすいませんね…」
助手席のルイが罰が悪そうにコートを着込んだ自分の身体をぎゅっと抱いた。エンジンを掛けたばかりの車内は冷え切っていて暖まるにはもう少し掛かる。リアシートに置いていたブランケットを放り投げてやると、再度すいませんと聞こえて来た。
「どこの教会?」
「一番近い所で良いです」
ぞんざいな返事。ならば30分もあれば着くだろう。取り敢えずアクセルを踏み込み発車させた。
無言の車内にはラジオからバラード歌手のしっとりした歌声が響く。何時ものルイならば「この歌良いですよね」だとか「雲雀さんはどんな歌聴くの」だとか話し掛けて来るのだが、今は無言。頬杖を突いて車窓から流れ行く景色を只々眺めている。どうにも調子が狂うがこんな時にいい加減機嫌直せだなどとは流石に言えなかった。
暫し走行を続け、次の交差点を右折すればもう教会だ。けれど敢えて直進させる。
「通り過ぎましたよ」
「まだミサには早いんだろ」
「早いですけど」
信号が赤いライトを灯す。停車させながら欠伸を一つ。
「どうせ暇だから。ドライブは嫌い?」
横目に、ルイがこちらをじっと見つめ大きな目をぱちぱち瞬くのが見えた。それから。
「勿論、嫌いじゃない」
ああ、やっと笑った。
クアットロ・カンティにサン・カタルド教会。ナターレのイルミネーションが煌めくパレルモ旧市街を車窓から眺めるルイはとても楽しそうで、先程までの仏頂面が嘘のよう。
リボーンとボンゴレ本部に居た頃はのんびり観光の機会など無かったのだと言う。三年も居たのにこの辺殆ど知らないの。プレトリアの噴水に差し掛かった頃、そう言いながら遠目に乱舞する裸の彫刻を窓を開け興味深げに見つめ出した。
「降りる?」
「ううん、寒いので…。暖かくなってから出直します」
ひとしきり眺めてから窓を閉めぶるりと身震い。ブランケットを肩から掛け直しそういえば、と雲雀の方を向く。
「警備良いんですか?」
そう。そもそも雲雀が暇を持て余しているのは本部の警護の為なのだ。外出していては元も子も無い。だが。
「良いんじゃないの。蒸し返すようだけどどうせ元凶は六道なんだろ?何かあっても責任の所在はあいつだね」
「それは──何ていうか、どうですかね…実はそれ程でも」
「僕にはそう見えたから良いんだよそれで。あいつは黙って皿洗ってれば良い」
放置したままの食器の山を思い出したからか骸本人を思い出したからか、不機嫌になった雲雀の声音にルイはこれ以上の言及は控える事にした。帰宅後果たして皿は洗われているのだろうか。寧ろ血で血を洗う諍いに発展するかも知れない。そんな思考を遮り、ほら、と声が掛かる。
示された先には。辺り一面宝石箱のような夜に一際目を引く大きなクリスマスツリー。傍らにはほんのり明かりの灯された小さな小屋があって、中にはキリストの生誕を見守るプレゼピオ。
「綺麗…」
目を細め呟くルイがやけに儚く見えて、雲雀は何とも言えない気分になった。
どうして彼女はこんな日に一人で居る選択をしたというのか。家族で無くとも親しい人間ならば沢山居るだろうに。それこそリボーンだって恐らくはシャマルだって、彼女がそう望めば世界の裏側からでもやって来て一緒に過ごしたに違いない。
昨日今日と雲雀の為にキッチンを右往左往していたルイはいつもより楽しそうに見えた。一人で居たかったならばそんな風にはならない筈だ。
彼女は、本当は寂しかったのかも知れない。そう思うのは邪推なのだろうか。
「ねぇ」
「はい?」
「どうしてクリスマスを一人で過ごそうと?」
少しの沈黙があって、返ってくる言葉。
「一人の方が気楽で」
「ふぅん…」
「雲雀さんは」
「何」
「どうして群れるの嫌いなんです?」
どうしてと聞かれても御大層な理由など無い。
「生理的に受け付けないから」
「何故?」
「だから理由なんて無いんだよ。敢えて言うならただの性分」
「…そう」
それきりルイはこの話を続けようとはしなかった。とうに通り過ぎてしまった煌めくクリスマスの象徴を惜しむように遥か後方を振り返ると、ツリー綺麗でしたねと微笑んだ。
時間になり、混雑している教会付近の路肩にどうにかスペースを見つけ駐車させる。大勢の人間がミサに訪れるこの特別な日には駐車場など有って無いようなものだ。そこもかしこも人で溢れ大変な賑わいを見せている。
「じゃ行ってきます。帰りは一人で平気ですから」
礼を述べて車を降りたルイは周りの喧騒にふと息を漏らした。どこを見ても家族連ればかりでたった一人の参列者など居はしない。分かりきっていた事なのに心は沈んで行く。こんな気分になるならば来なければ良いのに。そう思うのはもう毎年の事で、それでもどうしても来てしまう。
ドン、すれ違う人と肩がぶつかった。「Scusi!」謝罪の言葉を放つ男は、よろめくルイを振り向きもせず家族と笑い合い去って行く。その脇で小さな子供が母親に何事か強請り大泣きすれば祖父が子供を抱き上げあやし出す。
何故自分は一人きりなのか。何故こんな風になってしまったのか。胸の奥に仕舞った薄暗いドロドロしたものがこの時期になると感情の全てを侵食して息が苦しくなる。
だから、ミサに来るのだ。
芳しい福音香漂う礼拝堂で聖歌に耳を傾け瞳を閉じれば、それだけで心が洗われるから。誰にも自分にも優しくなって笑える気がするから。
かじかみ始めた両手に吹き掛ける吐息と同じ色の自分の肌。
“気色悪い”
刺さったのはその言葉では無い。
“骸ちゃんが私達を選んだからって”
こっちだ。たった一人ルイにとって特別な絆を持つ六道骸が選んだクリスマスの過ごし方。突き付けられた正論が鋭い刃となり胸を抉った。
実際は骸だってM・Mと自分との仲がこんなで無ければ一緒にと思ってくれていたのだろうと思う。けれど結果として彼は彼女を選んだ。骸には全く非は無く面倒な被害妄想だと分かってはいる。
更に、彼女はこう続けた。“欠陥女”
極自然に温かな輪の中に居るM・Mに、その肌のせいであんたは一人なのよ、そう嗤われた気がしてついカッとなり雲雀まで巻き込んでしまった。
それは結局の所ちっぽけで下らない自尊心。
骸が居なくとも一人ぼっちなんかではないとM・Mに見せ付けたくて、その場に居た雲雀の腕を咄嗟に掴んでしまったのだ。幼稚な感情に振り回された彼は訳も分からず大層迷惑だった事だろう。
「寒…」
教会に入る人の行列は中々前に進まない。もう一度真白い息を吐いて僅かでも手を温めようとする。と。不意に片手を包む温かい何か。
「あ…」
その何かはぶっきらぼうにルイの手をダウンジャケットのポケットに突っ込み、ぎゅっと強く握って来た。
「冷たい。氷みたい」
どうして。見上げた先の涼しい顔の男はちらりとルイを見てすぐにふいっと視線を逸らす。
「僕は暇だって言ったよ」
「…すごい群れですよ?」
「帰って欲しい?」
「……」
わざわざ来てくれたのか。大嫌いな人混みの中、何の興味も惹かれぬ祭典などに付き合う為に。
湧き上がる申し訳無さと嬉しさ。「Grazie」綯交ぜになった気持ちに感謝の言葉が漏れる。
「帰らないで」
ポケットの中の手を握り返し言うと、そっぽを向いている雲雀の口元が僅かに笑みを象るのが見えた。
「明日の食事も期待してるよ」
「任せて下さい」