A tesoro mio
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「本当にすみませんでした」
起床するなり耳に入って来た声。振り返ると、深々と腰を折ったルイが食料庫から持ち出したらしい大量の食材を脇にキッチンに立っていた。ベッドを取ってしまったお詫びに休暇中の食事はお任せ下さいと。
イタリアのクリスマスの本番は本日24日(ヴィジリア)の夕食と明日25日(ナターレ)の昼食で、今はその下拵えをしているらしい。
「……」
軽めの朝食を頂きながら相変わらず楽しそうにキッチンを行き来する背をぼんやり眺める。
一体自分はこの彼女に抱く感情をどう処理すれば良いのだろう。不要物として切り捨てるのか、いっそ受け入れ口説いてみるか。どうやって?逆は有れど女性にアプローチなどした経験は皆無だし女心など分からない。
そもそも彼女は昨晩恋愛など不要と言い切ったではないか。自由で居たいと。100%成就しないと分かりきっている想いを抱き続けるなど考えるだけでげんなりする。にも関わらずこの感情は簡単に消えてはくれぬ。
全く。こんな馬鹿げた思いを朝っぱらから。
「…はぁ」
「何です?」
「何も」
夕食は、それはそれは豪華なものだった。ヴィジリアは肉が禁止されている為どこの家庭も魚料理でこの清めの日を祝うらしく、彼女もそれに倣い魚介をふんだんに使ったご馳走を振る舞ってくれた。
シュリンプ・カクテルなどのアンティパストからスパゲティ・ボンゴレ、ズッキーニと魚介のパッケリなどのメイン料理に続き更にはドルチェまで。
食事が終わってもお互いこの空気を楽しんでいたので、席は立たずに会話を続ける。
「へー、じゃあその草壁さんって人が実質財団の運営されてるんですね。大変そう…」
「大変だよ。けど彼にしか任せられない」
「あなたがそこまで言うの?どんな人?」
「いかついリーゼント」
リーゼント…?不思議そうなルイに端末で探した画像を見せると、ややあってから微妙な表情で「ああ、それは──とても素敵」何とも言えない感想を述べられた。
そんな取り留めのない話をしている内に気付けば時計は午後9時を回っている。
「教会行くんだろ。間に合うの?」
今夜はミサに行くのだと話していた彼女。時間は大丈夫なのだろうか。
「深夜からなんで…あ、けどもういい加減部屋帰れって感じですね」
別に良いけど。そう言う雲雀の声は耳に入らなかったようで、ルイはさっさと席を立つとテーブルの上の食器を片付け始める。
「あ、そうだ。雲雀さん、外出しないんだったら車貸して頂けません?」
「車?良いけど…君免許持ってるんだっけ?」
教会に行くのに使いたいのだろう。しかし言われてみれば彼女には車を運転しているイメージが湧いて来なかった。フリーの医師として各地を飛び回る生活を送っていたのでは、車も免許も不要な気がして。
「持ってますよ一応。…ペーパーですけど」
「……」
さりげに付け足された言葉が怖い。雲雀の乗るセダンは車体がかなり大きい。ペーパードライバーが視界の悪い、更に街中は相当混むと予想される夜に乗って大丈夫だろうか。否、ぶつけられる未来しか見えない。
「…怖いから送るよ。いつ始まっていつ終わるの」
「大丈夫なのになぁ。あ、送迎なんてとんでもない。だったらタクシーで。一人で平気ですから」
「良いから」
「けど」
「良いって言ってる」
押し問答を繰り返していると突如入口のドアの向こうに気配を感じパッと振り向く。瞬間、扉が勢い良く開いた。空気を劈く甲高い怒声と共に。
「あーっ!やっぱりここに居たのね!」
ミニスカートの裾をひらり靡かせズカズカ入室して来たのはM・M。雲雀が眉を顰めるも意にも介さずルイの方へ真っ直ぐ歩いて行く。バンッとテーブルに掌を叩き付けて。
「何であんたがボンゴレに居るのよ!」
睨み付けられたルイは無表情で「仕事だから」と一言。ルイの態度はM・Mを更にヒートアップさせる。
「だから何でそんな仕事受けたのかって言ってんのよ!バカじゃない!?」
「あなたに関係無いでしょ。人の部屋に勝手に入って来るわ大声出すわ、バカじゃない?」
「あーそうね人の部屋!」
M・Mはわざとらしく腕組みをして何とも嫌な笑いを浮かべる。ちらりと雲雀に目をやり再びルイに向き直ると馬鹿にするように鼻を鳴らし。
「骸ちゃんがクリスマス休暇中私達を優先させたから、今度は雲雀恭弥に色目使ってるってワケ」
ホント男好き!吐き棄てられた悪態と同時に誰かがバタバタと走り込んで来る気配が雲雀の眉間の皺を深くした。現れたのは骸、とその後ろに柿本千種と言ったか。二人共げんなりした顔で入口に佇んでいる。
「意味分かんない。出てってよ。大迷惑」
「あーら雲雀の前で色々喋られたら都合悪いってコトかしら?」
「あなたのキンキン声聞いてたら頭痛がするって言ってんの」
「なんですってぇー!?」
女同士の舌戦に男達は顔を見合わせ棒立ち。男の争いとは少々性質の異なるそれに彼らはただ困惑する他無いのだ。
一体何だと言うのか。苛立ちの傍ら雲雀の頭は状況整理に働く。骸に心寄せるM・Mは、骸とルイのどうも特殊らしき仲が気に食わず元々ルイを敵視していた。そしてそのルイがボンゴレの雇われドクターとして骸と一つ屋根の下に滞在しているのを知り堪らず怒鳴り込んで来たと。概ねそんな所か。
ギラギラ怒りに燃える瞳でルイを睨み付けるM・M。
「こっちこそあんたの姿見てたら寒気がするわよ。ねぇ、あんた鏡見た事ある?」
ぴくり。表情一つ変えず応酬していたルイの顔が強張るもM・Mの口撃は止まらない。
「親切で教えてあげるけどあんたのその肌気色悪いのよ!ちょっと綺麗な顔してるからって欠陥女が調子乗ってんじゃ─」
「M・M!」
此処で漸く骸が鋭い怒気を発し、二人の女の間に割って入った。ルイを庇うように前に立ちM・Mと向き合う。たじろぐ彼女に低い声でゆっくりと諭すように。
「…分かりますね?」
その目には怒りだけでは無く、薄っすらと哀しみも見て取れる。この男がこの様な顔も出来る事を初めて知った雲雀は少々面喰らった。
「……」
M・Mが悔しそうに床を睨み唇を噛んでいると、不意にルイが骸の陰から抜け出て来た。ルイ、呼び掛ける骸には応えずスタスタ足早に雲雀目掛けて歩いて来る。俯いていて表情は伺えない。
「どうし─」
突然雲雀の腕に自分の腕を絡めグイッと引くと、そのまま出口に向かって一直線。何なんだ。良く分からぬが、漂う香にまあ良いかと引き摺られるように部屋を後にした。