A tesoro mio
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カチャカチャ。積まれた皿を食器洗浄機に放り込んで行く雲雀。調理は好きだが片付けは嫌いと明言したルイはソファで読書に耽っている。
片付けを終えると食後の茶の準備。生姜を摩り下ろし、水と共に小鍋に入れて火にかける。そこに蜂蜜を入れコトコト弱火で煮ればすぐに生姜湯の完成だ。マグカップに注ぎ入れ本に齧り付いているルイに差し出すと、彼女は一瞬驚いた顔ですいませんとカップを受け取った。
「わぁ、良い香り!ジンジャー大好きなんです。ありがとう」
生姜好きなんて知っている。入院中ジンジャーティーを良く飲んでいたから。だからわざわざこんな面倒な事をしたのだ。調子が悪い時や冷える夜にリーゼント頭が特徴的な男が作ってくれていたのを思い出しながら。
ルイが至福とばかりにはにかむ様子に胸が和む。料理をしてくれた彼女もこんな気分で自分が食べるのを見ていたのかも知れない、そう思うと少しむず痒いような気分になった。
それぞれがゆるりと過ごして気付けばもう日付が変わる時間。いつの間にかソファの肘掛けに凭れ眠っていたルイを起こそうと近付いたが、余りに気持ち良さそうに眠っている姿に何となく憚られ、暫しその寝顔を見つめてみる。メイクを落とした素顔は普段より幾分幼い。
無防備過ぎるだろう。内心で毒付く。
男の部屋でこんなにもあどけない顔を晒し熟睡だなんて、その気が有ると誤解されても文句は言えない。まぁリボーンから直々に暗殺術を仕込まれた女、何かあっても対処出来る自信故かも知れないが。
以前怒らせてしまった際、ルイは随分と凶悪な怒気を放っていた。今こうしてすやすや眠っている彼女からは想像も付かない。
幼かったルイは一体どんな顔でリボーンの手解きを受けたのだろう。どのように育ち何を考え暗殺術を教わり、命を救う医者という現在へ成長したのか。ヒットマンとしての実力は如何許りなのか。
一度手合わせしてみたいと思うのは確か。けれど今はそれ以上に…。
ふと伸ばし掛けた手を止める。人を傷付ける事しか知らないこの手が、こんなにも優しく誰かに触れたいと思うだなんて。
眺めれば眺める程に無防備な寝顔。僅かに開いた桜の唇から小さく漏れる寝息。それは今この瞬間現世の何よりも蠱惑的に雲雀を誘惑した。衝動に引き寄せられるように顔を近付け──…
ハッと我に返る。一体自分は何をしているのか、こんな事馬鹿げている。
もし。もしその唇に触れるならば、彼女が起きている時だ。その瞳に自分を映して、彼女にそうしたいと望まれて。眠る女の唇を奪うだなんてそんな腑抜けた真似は真っ平御免だ。
無意識にそんな事を考えかぶりを振る。馬鹿げていると言うならこの思考そのものじゃないか。妙な事を考えてしまうのはこの状況がいけない、さっさと終わらせてしまわねば。
一度は止めた手を今度こそ伸ばし、起こさぬようゆっくり身体を抱き上げる。ふわり鼻腔を擽る魅惑の香。アルコールのせいで夢うつつだったと云えど、一度はこの香に惑わされ失態を犯している。同じ轍は踏まぬよう半ば息を止めるようにして軽い身体をベッドまで運びそっと降ろしてやった。
ああ、何だろう。良い匂いがする。柔らかな感触に包まれながら心地良い微睡みの中感じる匂い。何だっけ、この匂い。どこかで、いや誰かの…確かに自分は知っている。これは──…
答えを探る脳がルイの意識を浮上させる。
「…あれ?」
一瞬自分がどこに居るのか分からなかった。ベッドライトが照らす薄明かりの中パチパチ瞬きを繰り返しやっと、ここが先程まで寛いでいた雲雀の私室だと気付く。向こうのソファには毛布にくるまって眠る部屋の主。読書中寝落ちしたらしい自分がベッドを奪ってしまっていたようだ。まさか男性と二人きりの部屋で寝入ってしまうとは。大失態に頭を抱えた。
時計を確認すれば時刻は午前三時。夜明けにはまだ遠い。どうしたものか。折角全身気持ち良く温もっている所をあの寒い廊下を通り自室まで帰るのは気が乗らない。さりとて男性と二人で朝を迎えるというのも如何なものか。もう今更な気もする。ソファを見遣れば雲雀は良く眠っているようだ。
ふと骸の言葉を思い出す。雲雀が退院して間も無い頃、彼の部屋でお茶をしていた時。
君はいきなりここの女性陣を敵に回したかも知れませんねぇ。
何気無い会話の中で突然放たれた言葉に驚いた。曰く雲雀恭弥はああ見えて何故か女性人気のある男らしく、新任の分際で昼夜問わず彼の看護を請け負った自分は密やかに嫉妬の的なのだとか。
一言目には咬み殺す、二言目の前には手が出てるあの男の何処が良いのか僕には理解出来かねますがね。
鼻で嗤った骸に、医者の自分でそんなならば恋人は大変だと返すと、そんな者は居ないと言う。そのようなのにはてんで興味が無い様だと。
けれど。
にやりと悪い顔で声を潜め続けたのは、例の”ビジネス相手“の存在。雲雀は独自に地下財団を立ち上げ世界の七不思議とやらの研究に精を出しており、その情報源や人脈形成の為には、相手に望まれればそういった関係を持つ事も珍しく無いのだとか。具体的な名まで挙げられ驚く。容姿も実力も財力も、所謂イイ女ばかりではないか。
高潔な空気を纏う男なだけにこれは少々意外だった。要は枕、しかも相手はしっかり選んでいる模様なのだから。
雲雀さんも男の人って事だよねぇ。若干の不快さに、六角形を引き延ばしたような奇妙な形のロシアンチョコレートの包装を施きながら言うと、自分が言い出した癖にフォローのつもりなのかなんなのか、マナーは守る男らしいと付け加えて来た。
“不思議な程トラブルは聞こえて来ませんからね。割り切れる相手とだけのビジネスでしょう。寧ろ糞真面目なのでは?”と。
何にせよ雲雀恭弥は女性には不自由していないようだ。あの東洋の美を凝縮させたようなルックスでは当然なのかも知れないが。
眠る雲雀の後ろ姿を暫し見つめ自分の居るベッドに視線を戻す。このベッドは随分広い。クイーンサイズ。
もし彼が女性を慮れない男性ならば、今頃あんな狭い所で寝ておらずこのベッドに一緒に包まれていた、或いはソファに放置されていただろう。もし彼が女性を物のようにしか見られない男性ならば、今頃暴挙に抵抗したルイと乱闘になっていただろう。単純にルイは彼の興味の範疇外だったという線も否定出来ないけれど。
さて、どうしよう。
思いながらも身体は毛布に勝手に戻る。ここを動きたくない。雲雀は性的な意味で危険は無さそうだし、このベッドは温かく触り心地も素晴らしい。それにとても良い匂いがする。気取った香水などでは無い、男臭くも無い、洗い立ての洗濯物のような。雲雀の纏う雰囲気に良く似合う清潔な匂い。そう、これは雲雀の匂いだ。すれ違った時にふわり漂うそれそのまま。
雲雀さん、ソファで寝て身体痛くならないかな。
考えながらもすぐに睡魔が襲って来る。明日謝ればいいや、重い瞼を閉じるとあっと言う間に意識は沈殿して行った。